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Title: 腕くらべ
Author: Nagai, Kafu, 1879-1959
Language: Japanese
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Copyright Status: Not copyrighted in the United States. If you live elsewhere check the laws of your country before downloading this ebook. See comments about copyright issues at end of book.

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Title: 腕くらべ (Udekurabe)
Author: 永井荷風 (Nagai Kafu)
Language: Japanese
Character set encoding: UTF-8

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Notes on the signs in the text

《...》 shows ruby (short runs of text alongside the
base text to indicate pronunciation).
Eg. 其《そ》

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花柳小説
 腕くらべ
  荷風小史著

大正六年十二月排印

はしがき
おのれ志いまだ定らざりし二十の頃よりふと戯れに小說といふもの書きはじめいつか身のたつきとなして數ればこゝに十八年の歳月をすごしけり。あゝ十八年曾我兄弟は辛苦をなめて十八年親の敵を打つて名を千載に傳へおのれはいたづらなる筆をなめて十八年世の憎しみを受け人のそしりをのみ招ぎけり十八年が同じ月日も用ゐかたによりて變るためしはもろこしに柳下惠といへる賢者は飴のあまきを嘗めて老ひたる親を養はんと申しけるを盜跖とよぶ盜人は人の家の戶に塗り音せぬやうに引あけて忍入らんといひけるとぞ。さはさりながら敵をねらふ兄弟も男と生れしからにはそつと人知れず大磯の濡れ事ばかりは免れず今も昔も男と女客と妓女とのいきさつ此のみ寔に千古不易の人情とや申すべき。それは扨て置きおのれ今年の夏より秋にかけて宿痾俄にあらたまり霜夜の蟲をも待たで露の命のいとゞあやうく思はれければ十八年がこの歲月わが拙き文市に出る度每に購ひ給ひける方々へいさゝか御禮のしるしまで新に一本をつゞりて笑覽に供せんものと思ひ立ちける折からこの小說腕くらべの一作幸雜誌文明にはわづかに草稿の一部を掲げしのみなれば急ぎ訂正改作してその全篇を印刷する事とはなしぬ。然れどもこれとて未尙全く完結に及べるものにもあらざればいよ〳〵その後篇とも稱すべきもの幸ひにしてまた來ん春まで命保ち得たらんにはやがて書きつぐべき折もやあらんまづそれまでは讀切のもの同樣偏に御愛讀を冀ふとしかいふ
  大正六年冬至の夜      作 者 識

腕くらべ
             荷風小史戯著

 一 幕あひ

 幕間《まくあひ》に散步する人逹で帝國劇場の廊下はどこもかしこも押合ふやうな混雜。丁度表の階段をば下から昇らうとする一人の藝者、上から降りて來る一人の紳士に危くぶつからうとして顏を見合はせお互にびっくりした調子。
「あら、吉岡さん。」
「おやお前は。」
「何てお久振なんでせう。」
「お前、藝者をしてゐたのか。」
「去年の暮から…………また出ました。」
「さうか。何しろ久振だ。」
「あれから丁度七年ばかり引いてゐました。」
「さうか、もう七年になるかな。」
 幕のあく知らせの電鈴が鳴る。各自の席へと先を爭ふ散步の人で廊下は一時《ひとしきり》一層の混雜。その爲め却て人目に立たないのを幸と思つてか、藝者は紳士の方へ鳥渡身を寄せながら顏を見上げて、
「ちつともお變りになりませんね。」
「さうかな、お前こそ何だか大變若くなつたやうだぜ。」
「あら御冗談ですよ。この年になつて………。」
「いや全く變らないな。」
 吉岡は眞實不思議さうに女の顏を目戍《みまも》るのであつた。この前藝者に出てゐた頃の事を思合はせると其時分十七八であつたから、七年たつたとすればもう二十五六になる譯だ。然し現在目の前に見る姿はお酌から一本になつて間もない其の時分と少しも變つてゐない。中肉中丈、眼のぱつちりした下《しも》ぶくれの頰には相變らず深い笑靨が寄り、右の絲切齒を見せて笑ふ口元には矢張何處やら子供らしい面影が失せずにゐる。
「その中、一度ゆつくりお目にかゝらせて頂戴。」
「何ていつて出てゐるんだ。先《せん》の名《な》か。」
「いゝえ、今度は駒代ツて申します。」
「さうか。その中呼ばう。」
「どうぞ……。」
 舞臺からは早くも拍子木の音が聞える。駒代はそのまゝ自分の席へと廊下を右の方へ小走に立去つた。吉岡は反對なる左の方へと同じく早足に行きかけたが何と思つたか不圖立止つて後を振向いた。廊下には案内の小娘と賣店の女が徘徊するのみで駒代の姿はもう見えなかつた。吉岡は有合ふ廊下の腰掛に腰をおろして卷煙草に火をつけ思ふともなく七八年前の事を囘想した。二十六の時學校を卒業し二年程西洋に留學してから今の會社に這入つて以来こゝ六七年の間といふものは、思へば自分ながらよく働いたと感心する程會社の爲めに働きもした。株式へ手を出して財產をも作つた。社會上の地位をもつくつた。それと共に又思へばよく身體をこはさなかつたと思ふ程、よく遊びよく飮んだ。彼はいつも人に向つて得々として云ふ如く誠にいそがしい身體なので、過去つた日の事なぞは唯の一度も思返して見るやうな暇も機會もなかつたのである。ところが今夜偶然にも學生の頃始めて藝者といふものを知りそめた其の女に邂逅して、吉岡は自分ながらどういふ譯とも知らず、始めて遠い昔のことに思を寄せたのであつた。
 何にも知らないあの時分には藝者といふものが何となく凄艷に見えた。そして藝者から何とか云はれるのが眞實嬉しくてならなかつた。今日あの時のやうな初生《うぶ》な淸い心持にはならうと思つてもなれるものではない――吉岡は舞臺から漏れ聞える合方の三味線を耳にしながら、始めて新橋へ遊びに來た當時の事を思浮べ、我ながら可笑しくなつて獨り微笑を漏したが、それにつけて今は遊ぶが上にも遊馴れてしまつた身の上に思及ぶと、これは又一寸人には話も出來にくい程萬事が拔目なく胸算用から割出されてのみゐるのに、自分ながら少し氣まりの惡いやうな妙な氣がした。乃公《おれ》はこんな方面にまであんまり悧巧に立廻り過ぎてゐた。どうも乃公は知らず〳〵細密《こまか》い處に氣がつき過ぎていかんのだと始めて自分を知つたやうな心持がしたのであつた。
 全く其の通りかも知れない。吉岡は今の會社に這入つてまだ十年にならないのに早くも營業係長の要路に用ひられ社長や重役から珍らしい才物だと云はれてゐるだけ、同僚や下のものにはあまり受のよい方とは云はれない。
 吉岡は新橋に湊屋といふ看板を出してゐる力次といふ藝者をば三年ほど前から世話をしてゐる。然し有ふれた旦那のやうにたわい[#「たわい」に傍点]なく鼻毛をよまれてゐるのではない。吉岡は力次の容貌のよくないことは其の目で見る通りよく承知してゐる。容貌はわるいが藝はたしかである。何處へ出してもまづ姐さんで通れる女である。吉岡は世の中の仕事をして行く上から宴會其の他の事で藝者の一人や二人は自分のものにして置く方が却つて何かの便利にもなるし又無駄な物費《ものいり》が除けると見て、此方《こつち》から打込んだやうな風を見せて手に入れたのであつた。
 吉岡にはもう一人妾同樣にしてゐる女がある。それは濱町に相應な構をしてゐる村咲といふ待合の主婦《おかみ》である。以前代地邊の料理屋の女中をしてゐる頃、吉岡は藝者遊にも飽きかけた人が往々にして飛でもない厄介を背負込むためしに漏れず、ふと醉つたまぎれに手を出したが、醒めて見るとお茶屋の女中なんぞに手をつけたといふ事が日頃宴會で出逢ふ藝者仲間に知られては堪《たま》らないと後悔したのが、女の方のつけ目である。一切この事は秘密にして後腐《あとくされ》なしにするからといふ約束で今の待合村咲を開業する資金を内々で出してやる事にした。村咲は運よく繁昌して每夜お座敷が足りない位の景氣、さうなつて見ると尠からぬ資金を出しつぱなしにして寄付かないのも馬鹿々々しいと云ふ氣が起つて、吉岡は一度二度と呑みに行く中いつか又内所で關係をつけた。おかみは色の白い肉付のいゝ大柄の女で今年三十になる。再三燒棒杭になつた後今はどうやら腐緣とでも云ふやうな間柄になつてゐるのであつた。
 吉岡はそれやこれやの複雜な關係に比較して、相手の駒代はたしか十八自分はたしか二十五、互に何が何やら分らずに馴染を重ねた其の時分の單純な無邪氣な心の中を思返すと、自分ながら何となく芝居か小說でも見るやうな美しい心持がして來る。美しいだけにたわい[#「たわい」に傍点]がなく又何やら眞實らしからぬ變な氣もするのであつた。
「や、こゝにおゐでゞしたか。先刻《さつき》から方々《はう〴〵》お尋ねしてゐたです。」
 洋服をきた身丈《せい》の低い肥つた男。二階の食堂で大分ウイスキイでも傾けたらしく惠比須のやうな圓い顏をば眞赤にし鼻の先には玉の汗をかきながら、「さつき電話がかゝりました。」
「どこから。」
「いつもの處です。」と身丈《せい》の低い肥つた男はあたりに人のゐないのを見定めて、吉岡の側に腰をおろし、「近頃は湊家の方へはあんまり御出馬がないと見えますな。」
「君《きみ》のところへ電話が掛かつたのか。」
「實は誰かと思つて少しは自惚《うぬぼ》れましたね。ところが例の如くで、われながらチトお氣の毒でしたな。はゝゝゝは。」
「君、力次は今夜僕等がこゝにゐるのを知つてると見えるね。」
「屹度誰か連中の見物にでも來てゐたのが知らせたんでせう。お歸りに是非一寸でいゝからお寄り下さるやうにといふ事です。」
「江田君、實はそんな事より今夜は少し珍談があるんだがね。」と吉岡は金口《きんくち》の卷煙草を江田にすゝめながら四邊《あたり》を見廻し、「食堂へ行かう。」
「また濱町の件ですか。」
「いや、そんな舊聞ぢやない。ロオマンスだ。」
「え、何です。」
「小說見たやうな話があるといふのさ。」
「さうですか。面白さうですな。」
 江田は合槌を打ちながら廊下を地下室の廣い食堂へとついて行つた。
「君は相變らずウイスキイだつたね。」
「いや、今夜は少し廻つてゐますからビイルにして置きませう。まだ腰を拔かすにはちつと早過ぎませうて、はゝゝゝは。」
 江田は顏中を皺だらけに身體《からだ》を搖上《ゆりあ》げて笑ひながらハンケチで額の汗を拭く、其の樣子なり其の物云ふ調子なり誰が見てもすぐ吉岡の幇間《おたいこ》と知られるのである。縮れた薄い頭髮は大分禿げ上つてゐるが年はさして吉岡とは違つてゐるのでもないらしい。吉岡の切廻してゐる會社の株式係の一人で、宴會だの園遊會だのある折にはいつも接待係をつとめる處から、營業係長の吉岡さん同樣に花柳界には顏が賣れてゐる。何處へ行つても○○會社の江田さんと云へばお酒の好きな罪のない縹輕《へうきん》な方だと藝者は勿論お茶屋の女中までが心安立に折々は隨分失禮な事を云ふが江田は決して怒つたことがない。女逹から馬鹿にされたり挑戲《からか》はれたりすると益々調子に乗つてわざと自分から三文の値打《ねうち》もないやうに自分の身を輕く取扱ふ。然し家には子供が三人もあり其の長女はそろ〳〵嫁の口をさがす年頃だと云ふ事である。
「珍談とは一體何です。」とボオイの置いて行つたビイルを片手にしながら江田はいかにも聞きたさうに力を入れて、「まさか拙者を出拔《だしぬ》いて新色のおのろけぢや有りますまいね。はゝゝは。」
「實はさう有りたいんだがね。」
「へゝえ。これア大分罪が深さうですな。」
「江田君、ひやかしちやいかんよ。僕は今夜始めて女に迷つたやうな氣がした。」云終つて吉岡はあたりに人もやあると見廻したが廣い食堂には遠い片隅にボオイが二三人寄つて話をしてゐるばかり、見渡すかぎり人のゐない卓子《テーブル》の白布に電燈の光の照添うて其の上に置いた西洋草花の色をば一層|鮮《あざやか》に輝してゐるばかりである。
「江田君これア眞實まじめな話だよ。」
「はゝア此の通謹聽してゐます。」
「いかんなア。いつでも君には冗談ばかり云ふもんだから……眞劍な話はどうもしにくい實はその何だ。先刻《さつき》階段の處で偶然出遇つたんだがね……。」
「ふむ〳〵。」
「僕がまだ學校にゐた時分知合つた女なんだがね。」
「お孃さんですか。どこかの奧樣になつてゐると云んでせう。」
「氣が早いな。素人《しろと》ぢやない。藝者だよ。」
「藝者ですか。して見ると隨分早くから御修行なすつたもんですね。」
「あれが、その僕が道樂をし出したそも〳〵一番初めの藝者なんだ。其の時分駒三と云つてゐたんだ。さうさ、一年ばかりも遊んだかな。さうかうする中に僕は學校を出てすぐ洋行するんで、其の時には相應にまア片《かた》をつけて別れたと思ひたまへ。」
「ふむ〳〵。」と江田は吉岡から貰つた葉卷を惜し氣もなくスパリ〳〵と吸つてゐる。
「七年ぶりで新橋へ出たんだとさ。駒代といふんださうだ。」
「駒代……家《うち》はどこです。」
「名前を聞いたばかりだから、自分で店を出したのか、それとも借金をしたのか其の邊の事は何にも知らない。」
「外のものに内々で聞いて見ればすぐにわかりませう。」
「兎に角七年も引いてゐて又出たんだといふから何れ仔細があるに違ひないさ。今までどう云ふ方面の人の世話になつてゐたんだか、實はその邊の事も知つて置きたいんだがね。」
「大分御詮議が細《こま》かうございますな。」
「仕方がないさ。かう云ふ事は始めに承知して置くが一番だよ。友達の女と知らずにくどいて、出來てしまつた後で恨まれるなんて云ふ話はよくあるやつだからな。」
「さう急に話が進んで來ちや拙者も愚圖々々しちや居られませんな。兎に角一度お姿を拜んで置きませうどの邊に居るんです。棧敷ですか。」
「今廊下で見たばかりだから、何處に居るか分らない。」
「お歸りにはどうせ何處へかお行《い》でゝせう。お伴しますから其の時ゆつくり手前に鑑定させて下さい。」
「よろしく賴むよ。」
「力次はいよ〳〵祇王妓女ですな。かわいさうに…はゝゝは。」
「何《な》にあれアあれで構やせんよ。君も知つてる通りこれまでに隨分世話をしてやつたからね。僕が居なくなつたからつて、今ぢや抱も四五人居るし、きまつた座敷はあるし、困る事はないさ。」
 廊下の方から無遠慮に大きな聲で話をしながら這入つてくるお客がある。吉岡はそれと氣付いて話と途切した。舞臺の方では立廻でもあるのか頻に付板を叩く響がする。
「おいボオイ、勘定……。」
 吉岡は椅子から立つた。

 二 逸品

「今晩はようこそ……。」と濱崎といふ待合の女將《おかみ》恭しく手をついて次の間から、「どちらのお歸りでゐらつしやいます。」
「帝國座へさそはれた。藤田さんの義理で女優劇の見物だ。」と袴をぬぎかけてゐた吉岡は立つたまゝで、「女優の旦那になるのも並大抵ぢやないね。始終《しよつちう》見物をこしらへてやらなくちやならんやうだから。」
「矢張藝者衆の方が無事でございますよ。」と女將は紫檀の食卓の側へ座を移し、「江田さん、大層お暑さうですね。お着換へ遊ばしたらいかゞです。」
「なに暑くつても今夜は我慢しよう。浴衣つていふ奴はどうもよくない。伊勢音頭の芝居で切られる奴見たやうでな。」
「大層御行儀がいゝぢやありませんか。」
「おかみ、實はすこし賴みたい事があるんだがね……」
「何なりと伺ひませう。」
「ありがたい。今夜はおゆるしで我輩が御主人役だ。いゝか、それで藝者もいつものとはまるでちがつたのを呼んで貰ふんだ。」
「はい〳〵。どういふ處をかけますんです。」
「左樣さ。兎に角力次は呼ばない事にしよう。」
「あら、どうして、あなた。」
「だから賴みたい事があると云つたぢやないか。後《あと》で追々わかるよ。」
「それでもあなた……。」
 おかみは怪訝《けげん》な顏をして吉岡の方を見ると吉岡は唯にや〳〵笑つて葉卷をふかしてゐる。女中が酒肴を運んで來た。江田はいそがしさうに一杯を干して女將《おかみ》にさしながら、
「大急《おほいそ》ぎで駒代をいふのを掛けて貰はう。駒代だよ。」
「駒代さん……。」と女將は女中の顏を見る。
「新奇の兒《こ》だよ。美人だぜ。」
「あゝお十さんとこの……さうでせう。」と女中は直樣思付いたらしい顏付。
「お十さんとこの、さうかい。」と女將は始めて會得した體で、杯を下に置き、「家へはまだ來なかつたね。」
「來ましたよ。一昨日の晩も鳥渡御挨拶に來たぢやありませんか。そら、千代松さんのお座敷で……。」
「あゝさう〳〵。それぢや、ぽつちやりした小作りの…年を取ると何もかもみんな一緖くたになつてしまふんですよ。」
「それから後は誰にしやうかな。十吉も暫らく呼びませんな。」と江田は吉岡の方を顧みて、「一|緖《しよ》の家のものがいゝでせう。」
「さうして貰はう。」
「畏りました。」と女中はついで急須茶碗を盆にのせて立去る。女將は杯を江田に返しながら、
「何だかまるで譯がわかりませんね。」
「はゝゝゝ。わからないのも尤だ。今夜急に湧いた話だからな。實は僕も大に面食つたんだよ。はゝゝは。兎に角かうしてゐる中も返事が待ち遠しいて、來られるか知らん。」
「何だか狐につまゝれたやうですね。あなた。」
「いゝから安心して見ておゐで、今にはなしが段々面白くなるから…。」
 女中が戾つて來て、「駒代さんはお芝居ですつて。すぐに伺ひます。」
「はゝゝゝは。」と江田は覺えず笑ひ出した。
「あら……喫驚《びつくり》するぢやありませんか。」
「まあいゝ。それから外《ほか》の奴《やつ》はどうした。」
「十吉さんも外の方も皆《みんな》もう少々伺ひかねるツて云ふんでございますよ。どう致しませう。」
「さア。」と江田は吉岡の方を見ながら「來られたら來いと云つて置かうぢやありませんか。」
 今度は女中を座敷へ殘して女將が電話の返事にと立つた。
「萬事よさゝうですな。一人の方が話が早うござんすからな。」
「お蝶。一杯やらう。」と吉岡は女中へさして、「お前、知らないか。駒代には誰《だれ》かきまつた人があるか。」
「いゝ藝者衆ですわねえ。」と女中は巧みに逃げて、「先に此の土地にゐたんですつてね。」
「はゝゝゝは。」と江田は再び大聲に笑出す。
「江田さん先刻《さつき》から何がをかしいんですよ。」
「をかしいから仕樣がない。お前知らないのか。駒代つていふのはあれア僕の藝者だぜ。先に七年ほど前だ、この土地に出てゐた時分一時は隨分騷がれたものだぜ。」
「あら、あなたが、ほゝゝほ。」
「笑ふ奴があるか。失禮な奴《やつ》だな。」
「それは全くの話だ。僕が證明するよ。一時江田さんに熱くなつてゐたんだがね、譯があつて別れたんだとさ。そこで今夜が十年ぶりの御對面なんださうだ。」
「あら、さう、ほんとうなら隨分お安くないわね。」
「ほんとうならとは何《なん》だい。疑《うたぐ》りつぽい奴《やつ》だな。お蝶。その時分には僕だつて禿げちや居ないよ。もつと痩せて居てすらりとしたもんだ。見せたかつた位のものだぜ。」
 兎角する中に、やがて廊下に足音がして、「姐さんこちら……?」
 江田はわざと飛上るやうに坐り直した。
 襖を明けたのは駒代である。
 髮はつぶしに結ひ銀棟《ぎんむね》すかし彫の櫛に翡翠の簪。唐棧柄のお召の單衣《ひとへ》。好みは意氣なれどその爲め少しふけて見えると氣遣《きづか》つてか、半襟はわざとらしく繍の多きをかけ、帶は古代の加賀友禪に黑繻子の腹合、ごくあらい絞の淺葱縮緬の帶揚をしめ、帶留は大粒な眞珠に紐は靑磁色の濃いのをしめてゐる。
「先程は……。」と挨拶したが新しい顏の江田がゐるのに心付いてか少し調子を改めて、「今晩は。」
 江田は早速杯をさして、「今まで芝居にゐたのかい。」
「はい。あなたも居《ゐ》らしつて?」
「歸る時實はさそはうと思つたんだがね、どこにゐるのか分らないもんだから……。」と云ふ中にも江田はさり氣《げ》なく駒代の衣裳から持物から座敷の取持樣までに遍《あまね》く心をつけた。何も直接自分の身に關係する事ではないが、江田は色氣なしに斯ういふ場所で賑かに騷ぐのが好きなので、吉岡の爲めに今夜は駒代といふ藝者の値打《ねうち》をば岡目八目|眞實《しんじつ》間違《まちがひ》のないところを見屆けやうと思つたのである。一口に新橋の藝者とはいふものゝ其中には天から切まである事を知つてゐるので、何ぼ昔のお馴染だからと云つてあまり安ツぽい藝者では吉岡さんの顏にかゝはる。書生時代の吉岡さんと今日實業界に其人ありと云はれた吉岡さんとは少し事がちがふと、江田は眞實の老婆心から今夜ばかりは醉つてはお役がすまぬやうな氣がしてゐるのであつた。
 御當人の吉岡は猶更の事である。現在駒代の身の上はまるで抱えか見世借りか又は遊び半分の勤めか、その邊の事情まで、口に出して野暮らしく聞く必要はない。衣服の着こなし座敷の樣子萬事を綜合して日頃藝者を見馴れたものゝ眼力で一見して推察してしまはうと思つてゐる。
 駒代は江田に貰つた杯を鄭寧に洗つて返し行儀よく酌をしながら、これも客商賣の經驗で、無論しかとはわからぬけれど今夜初對面の江田さんと吉岡さんとの關係も大槪は見當がついたものゝ然し猶大事を取るつもりらしく、何とも付かぬ世間ばなし。
「芝居ももう暑くつていけませんのね。」
「駒代。」と吉岡は突然ながら然し極めて親しい調子で、「お前いくつになつた。」
「私《わたし》……年のことはよしませう。吉岡さん、あなたは。」
「私《わたし》はもう四十さ。」
「噓ですよ。」駒代は子供らしく一寸首をかしげ指を折つて數へながら獨語のやうに、「あの時私が十七……ですもの。それから……。」
 江田は側《そば》から「おい〳〵人前があるよ。」
「あら堪忍して頂戴。つい……。」
「あの時だの其時だのと、一體それアどういふ時だ。」
 駒代は愛嬌の糸切齒を見せて笑ひながら、「吉岡さん。あなた、まだ半分位ぢやありませんか。」
「今夜は一ツ身の上話を聞く事にしよう。」
「あなたの……?」
「お前のさ。私が洋行してから後何年程出てゐたんだ。」
「さうねえ。」と駒代は扇子を弄びながら一寸天井の方へ上目を使つて考へながら、「彼れこれ二年ばかしも稼いでゐましたわ。」
「さうか、ぢや私が洋行から歸つて來たのと彼れ此れ同じ時分だつたかも知れん。」吉岡は心中駒代は其の時誰に引かされたのかと云ふ事をきゝたいと思つたが、云ひ出しかねて、さあらぬ風《ふう》に「素人《しろと》より矢張藝者の方がいゝかね。」
「好《この》んで出た譯ぢや無いんですけれど、藝者より外に仕樣がなくなつてしまつたんですもの。」
「一體、今まで奧樣になつてゐたのか、お妾でゐたのか、どつちだい。」
 駒代は盃をゆつくり干して下に置き其のまゝだまつてゐたが決心したやうに、「隱してゐたつて仕樣がないわね。」とすこし膝をすゝめて「一時はちやんとした奧樣になつたのよ。あなたは洋行なすつておしまひなさるしさ、其の時分私も實は少し悲觀してたのよ。ほゝゝゝほ、あら噓ぢやない事よ。それでね、丁度その時分田舎の大盡の若旦那で東京《こつち》の學校へ勉强に來てゐらつした方があつたのよ。世話をしてやるからと仰有るんで其の方で引いたんです。」
「さうか。」
「その當座はお妾でゐましたの。する中に是非お國へ行けツて仰有るんでせう。お國へ行けばほんとの奧樣にしてやるからと仰有るのよ。いやでしたけれど何時《いつ》まで若いんぢやなし、奧樣になれゝばとさう思つたのが淺果敢だつたんですね。」
「どこだへお國つて云ふのは……。」
「何でもずつと彼方《あつち》の方よ。そら、あの鮭《さけ》の出る方よ。」
「新潟だね。」
「いゝえ。違《ちが》ふわ。北海道の方ですよ。あの秋田ツて云ふ處、寒くつて〳〵實にいやな處でしたわ。忘れもしないわ。三年辛棒したんですもの。」
「とう〳〵爲切《しき》れなくなつたんだね。」
「それがツて云ふのが、あなた。旦那ツて云ふ方《かた》が死亡《なくな》つたんですよ。さうなると私はもと〳〵藝者でせう。親御さんはお兩方《ふたかた》ともちやんとしてゐらつしやるし、それに弟御さんが二人もあるんですもの。何《なん》だの彼《か》だのつて、私《わたし》一人居られたものぢやないわ。」
「さうか、わかつた。息つぎに一杯……。」
「すみません。」と駒代は江田に酌をして貰つて、「さういふ譯ですから何分御贔負に願ひます。」
「外の藝者はどうしたらう。もう來ないかな。」
「まだ十一時前ですが。」と時計を出して見たが、江田は丁度其時電話だといふ知らせに席を立つ駒代の後姿を見送つて、聲をひそめ、
「なか〳〵いゝですな。逸品ですぜ。」
「はゝゝゝは。」
「誰も來ない方がいゝでせう。ところで僕も今夜はこの邊のところで消えてしまひませう。」
「なに、それにや及ばんよ。何も今夜にかぎつた事ぢやない。」
「乗掛つた舟でさ。當人だつてもう其の氣でせう。恥をかゝせるのは罪です。」江田は自分の前にあつた杯を二ツとも一度に片付け、遠慮なしに吉岡の煙草入から葉卷を一本取出しマツチをすりながら立掛けた。

 三 ほたる草

 箱屋から掛つた電話の返事をして駒代はそのまゝ座敷へ行かうとするのを帳場にゐたおかみ、
「あ、鳥渡、駒ちやん。」
 すると駒代は甘つたれた聲をしながらも、素早《すばや》く先《せん》を越したつもりで、
「おかみさん、頂《いたゞ》いてもいゝでせうか。」
「あゝ、伺《うかゞ》って御覽よ。」とおかみも馴れたもので煙草を一服しながら萬事もう咄はついてゐると云つた調子、「いつだつてお泊りになる事はないんだから……。」
 駒代は早速返事につまつてしまつた。勿論以前に出てゐた吉岡さんの事だから、今更別に否應《いやおう》云ふべき處ではない。吉岡さんなら全く結構なのである。然し久振りで呼ばれて直ぐ其の晩にさうなつてしまつては、お茶屋の手前何となく昔の丸抱《まるがゝ》えの子供時分と同じやうに安ツぽく思はれやしないかと、唯その事が氣にかゝつたのだ。駒代は實のところ吉岡さんの方に其の心持があるのかどうかといふ事もまだ考へてはゐなかつたのである。何しろ久振偶然芝居で出逢つた其の歸りの事、もし吉岡さんの方にその氣があつて呼んでくれたのなら、何も初めての女ではなし、待合のおかみさん抔にさう云はずとも、直接《ぢか》に鳥渡|目《め》まぜか何かで知らせてさへくれゝば、どんなに私の顏がよくなるか知れやしないのに……と少しむつとした氣にもなつた。
「それぢや、おかみさん、時間にはいたゞかして頂戴よ。」
 云捨てゝ其のまゝ駒代は二階のお座敷へ立戾ると、電氣燈が杯盤狼藉たる紫檀の食臺《ちやぶだい》の上に輝いてゐるばかりで吉岡さんも江田さんも誰の姿も見えない。厠《はゞかり》へでもお立ちなのであらうと氣はついたけれど、何だか自分ながら譯も分らず妙に捨氣味な自暴《やけ》なやうな氣になつて、打捨《うつちや》つて置けといふやうに、そのまゝ燈火の下に坐《すわ》つてしまつた。すると普段の手癖になつてゐるのですぐ帶の間の化粧鏡を取出し鬢を撫でゝ白粉紙で顏を拭きながら、ぼんやり鏡の面を見てゐる中、駒代はどういふ譯ともなく日頃絕えず胸の底に往來してゐるいつもの屈托《くつたく》に暮れてしまつた。
 色戀の浮いた苦勞ではない。深く煎じ詰めて行つたら或はそれも屈托のもとになつてゐるかも知れないが、兎に角駒代自身では自分の苦勞はそんな浮いたものぢやないと堅く信じてゐる。駒代の思に暮れるのはこの身の行末といふ一事である。今年二十六と云へばこれから先は年々に老《ふ》けて行くばかり、今の中にどうとか先の目的《めあて》をつけなければと、唯譯もない心細さと、じれつたさである。十四の時から仕込まれ十六でお酌のお弘め其れから十九の暮に引かされて二十二の時に旦那の郷里なる秋田へ連れて行かれ、三年目に死別れた。その日まで駒代は全く世の中も知らず人の心も知らず自分の身の始末さへ深く考へた事はなかつた。旦那の死んだ後も秋田の家にゐやうと思へば居られない事はなかつたかも知れない。然しさうするには尼になつてゐるよりも猶一倍身をないものとあきらめてしまはなければならない。田舎の金持の一家親族どこを見ても自分とはまるつきり異《ちが》つた人の中に唯一人取殘されてこれから先一生を終へやうといふ事はとても町育の女の忍び得られる處でない。いつそ死なうかと思つた末はもう慾も德もなく東京へ逃歸つて來た。歸つては來たものゝ駒代は上野の停車場へつくと共に早速身の落付け處に困つてしまつた。生れた家とは何年となく音信不通なので最初抱えられて行つた新橋の藝者家より外にはこの廣い東京中にさしづめ尋ねべき家は一軒もない。駒代はこの時生れて始めて女の身一ツの哀れさ悲しさを身にしみ〴〵知りそめたと共に、これから先其の身の一生は死ぬなり生きるなり何方《どつち》になりと其の身一人で何《どう》にともして行かなければならないのだといふ事を深く〳〵感じたのであつた。以前養女に抱えられてゐる家へ行けば當分の宿は勿論これから先の事も何とか世話がして貰はれるであらう、駒代はさう思うと同時に譯もない女の意地で、七年前には立派に引いて出た其の家へ今この途法に暮れ果てた身のさまを見せるのはいかにも辛い。死んでもあすこへは行きたくない……駒代は既に新橋へ向ふ電車に乗りながら唯只思案にくれてしまつた其の橫合から、突然女の聲で、しかも駒三と云つた昔の名を呼びかけたものがある。びつくりして其方を見ると其時分秋田の旦那が行きつけた待合の女中お龍といふ女である。聞けば幾年間辛棒のかひあつて、つい去年の暮から南地へ新しい店を出したといふので、駒代は無理やりにすゝめられるのを幸ひ一先お龍の家へ身をおちつけ、やがて今の家――尾花家の十吉といふ老妓の家からワケで出る事になつたのであつた。
 駒代は突然何といふ譯もなく、あゝ藝者はいやだ、藝者になれば何をされても仕樣がない……さう思ふと私見たやうなものでも一時は大家の奧樣と大勢の奉公人から敬はれた事もあつたのにと覺えず淚ぐまれるやうな心持になる……
 丁度その時急しさうに廊下を走つて來た女中が、「あら、駒代さん、こゝに居たの。」と座敷の杯盤を取片付けながら、「あちら、あの離れのお座敷ですよ。」

 四 むかひ火

 夜通し人の出盛る銀座の草市も早や昨日と過ぎて、今日の夕暮おそしと藝者家の立ならぶ橫町々々をばお迎ひ〳〵と云つて呼步く物賣の聲、丁度その折から表通の新聞社からは何事の起つたのか、號外々々と叫んで賣兒の馳け出す鈴の響、彼方《あなた》此方《こなた》の格子戶からは火燧の響に送出されてお座敷へ急ぐ藝者の車、さても騷々しい町中の夏の夜を空には新月の影宵の明星と共にいかにも凉し氣に輝きそめる。
 がらりと尾花家の格子戶を明けて出た老人、「なんだ號外だな、また飛行機でも落ちたんだらう。」
 何ともつかず空を見上げる後から可愛らしい半玉の聲、「旦那、もうお迎ひを焚くんですか。」
「さうだな。」と老人は兩手を後に猶も空を見上げながら獨語《ひとりごと》のやうに、「お盆だといふのに今年は三日月樣が出てゐる。」
「旦那、お盆に三日月さまが出ると何《なん》なんです。」
 ゴムでこしらへた鬼灯を鳴らしてゐるお酌の花子には老人の獨語が却て不思議に思はれたらしい。
「お佛壇の下にお迎ひが買つてあるよ。いい兒《こ》だ。持つて來ておくれ。」
「旦那、あたいが火をつけて焚いて上るわ。」
「そうツと持つて來なさい。炮烙をこわしなさんな。」
「大丈夫よ。」と云ひ捨てゝ、半玉の花子は公然《おほぴら》と火《ひ》惡戲《いたづら》が出來る嬉しさ、あたふたとお迎火を路傍《みちばた》へ持運んだ。
「旦那、いゝこと。燃すことよ。」
「これさ。さう一|時《とき》に燃さずと……あぶねえから、そろ〳〵やんなさい。」
 云ふ中にも表通から吹通ふ夜風に迎火はパツと燃え上つて、白粉を濃くつけたお花の橫顏を紅く照らす。老人は蹲踞《しやが》んで手を合せ、
「南無阿彌陀佛、南無阿彌陀佛。」
「旦那、千代吉姐さんのとこでも、あらお向うでも方々で燃してるわ。奇麗だわねえ。」
 家每《いへごと》に焚く迎火の烟にあたりは何となく電話や電燈の新しい世の町には似合はしからぬしんみりした趣を示した。尾花家の老人はいつまでも地にかゞまつて長たらしく念佛を唱へてゐたが、やがて兩手に腰をさすりながら立上つた。年齢《とし》はもう何年か前に六十の坂をも越してしまつたに相違ない。見るから古ぼけた洗晒しの帷子に女帶の仕立直しと覺しい黑繻子の帶を締めてゐるので、腰はまださして目に立つほど曲つてはゐないが、手足のよく透けて見える老體は全く骨ばかりのやうにいたいたしく思はれた。頭はきれいに禿げ頰は落ちてしまつたが、眞白な眉毛だけは筆の穗のやうに長く垂れてゐるのが、いかにも福々しく、衰へながらぱつちりした眼付と、凛々《りゝ》しい口元、品のいゝ鼻筋、どうしても根から藝者家の亭主とは見受けられぬ容貌《かほだち》である。
「あら、旦那、根岸の先生がいらしつてよ。」
「どれ、どこに……。」と老人は燃殘りの迎火に水打つ手をとめて、「成程、子供は目が早いな。」
「いや、お變りもありませんか。」と二三軒先から老人の姿を見て一寸麥藁帽子に手をかけ往來の水溜りを大股に踏み越して進寄つたのは、お酌の花子から根岸の先生と云はれた新聞小說家倉山南巢といふ人である。年は四十前後白薩摩に無地|透綾《すきや》の羽織、白足袋に雪駄をはいた樣子、會社員とも見えず商人とも見えず、さうかと云つて藝人とも思はれぬ風采をしてゐる。多年休みなく都下の諸新聞に續物を書いてゐる傍折々芝居の狂言もかく。淨瑠璃もかく。演藝の批評もする。そんな事で世間にはかなり名が賣れてゐるのである。
「先生、さア、どうぞ。」と老人は格子戶をあけたが小說家は佇んだまゝ迎火の烟立迷ふ橫町を眺め、
「お彼岸とお盆だけは今だに昔らしい氣がしますな。時にお宅の庄さんは……もう何年目になります。」
「庄八ですか、六年目です。」
「六年、早いもんですな。ぢや來年は七囘忌ですな。」
「左樣です。老少不常人の命ほどわからないものはありません。」
「今年は方々で追善興行がありますが。どうです來年あたりは庄さんの七囘忌……まだどこからもそんな話はありませんか。」
「無い事もありません。實は一昨年三囘忌の時にもさういふ話しはあつたんですが、家《うち》の小憎にはちと分《ぶん》に過ぎた事だと思つて其のまゝにしてしまひました。」
「分《ぶん》に過ぎるといふ事もないでせう。兎に角惜しい藝人でしたな。」
「もう四五年壽命があつたら少しア見られるやうになつたんでせうが、何しろ若輩だ。二十三や四で死んだんぢやいくら性《たち》がよくたつて、まだまだ此れからといふ修行中の身ですからな。惜しいと思ふのはまア内輪の人情、また御贔負の慾目だ。それにあまへて一代の名人見たやうにやれ三囘忌だの七囘忌だのと大袈裟に追善會なんぞ持出すのは冥利に過ぎますよ。」
「お前さんの氣性から云へばそれも尤さ。然し以前の御贔負筋から自然とさういふ話が出たんなら、何も此方《こつち》から無理に賴んで人樣に御迷惑をかけるのぢやないからね。いゝやうに任《まか》して置いたらどうです。」
「仰せの通り何事も好かれ惡かれ御贔負のお心まかせ。老人は口を出さない方がいゝかも知れません。」
 老人は小說家を奧の四疊半に案内した。こゝは狹い尾花家の家中《うちぢゆう》では先一番のお座敷、老人と其の女房同樣な老妓十吉とが幾年間起伏してゐる居間で、佛壇も飾りつけてある。わづかに二坪ほどながら石燈籠に火まで入れた中庭を隔てゝ、藝者の出入りする表口の六疊、往來へ張出した櫺子窓や格子戶が濡緣の葭戶越しに遠く透いて見え、涼しい夜風は隣の二階との隙間《ひやあひ》から絕えず吹通つて軒の風鈴を鳴してゐる。
「相變らず取り散らして居りますが、どうぞ、お羽織をお取なすつて……。」
「いや、結構、いゝ風が來ます。」と小說家の倉山《くらやま》先生は、扇子をぱち〳〵させながら、興味あり氣にあたりを見廻してゐる折から、煙草盆に菓子鉢を持つて來たのは藝者の駒代である。駒代は既に二三度こゝで倉山先生を見知つてゐるばかりでない。宴會や御座敷でお酌をした事もあるし、芝居や演藝會なぞで折々見掛ける事もあるので馴れ〳〵しく、
「先生、いらつしやいまし。」
「や、これは、この間の演藝會は結構な出來でしたな。奢《おご》つてもいゝ事がありさうです。」
「あら、嬉しいわ。私《わたし》見たやうなものでも、おごる筋があるんなら何でもおごりますよ。」
「云ひませうか。御主人の前で云つてもいゝなら云ひますぜ。はゝゝゝは。」
「仰有《おつしや》る事があるなら仰有いまし。そんな弱身はない筈なんですから、ほゝゝゝほ。」と華《はな》やかに笑ひながら立掛けた時、表の方から半玉の花子が甲走《かんばし》つた聲で、
「駒代姐さん――御座敷です。」
「はアい。」と返事をして、「先生、御ゆるり……。」と駒代は靜に立つて行つた。
 倉山はぽんと灰吹を叩いて、「いつも御賑かですな。幾人《いくたり》お居でゞす。」
「只今大きいのが三人に小さいのが二人ですから、いやどうも騷々《さう〴〵》しい事《こツ》てす。」
「新橋中でも此方《こちら》の看板《かんばん》なぞは一番古い方でせうな。明治何年時分からです。」
「左樣さ、私《わたし》がそも〳〵この土地で始めて遊んだのが、忘れもしない西南戰爭の眞最中でしたからな。その時分にや内《うち》の十吉のお袋がまだ逹者で娘と一諸に稼いでゐましたつけ。世の中はまるで變りましたな。其の時分にや新橋と云つたらまづ當今の山の手見たやうなもんでしたね。藝者は何と云つても矢張柳橋が一でしたな。それから山谷堀、葭町、下谷の數寄屋町なんぞといふ順取りですかな。赤坂なんざつい此方まで蕎麥屋の二階へお座敷で來て、二貫も御祝儀を遣りやすぐ轉ぶつていふんで皆珍らしがつて出かけたもんでさ。」
 倉山は成程々々と謹聽の態度を示し、そつと懷中から覺書の手帳を取出して老人の談片を書取る用意をした。倉山は誰に限らず年寄つた人の口から親しく過ぎ去つた世の話を聞き、それを書取つて後の世に殘す事をば操觚者たる身のつとめのやうに思つてゐるので、新橋邊まで來たついでには必ず尾花家を尋ねるのである。
 尾花家の主人は倉山先生の注文には誠に以て來いといふ老人である。老人の方からも倉山先生は又とない咄し相手である。いそがしい今の世の中、何處《どこ》へ行つたとて倉山先生ほど飽きずに謹んで老人の愚痴や自慢咄を傾聽してくれる人のあらう筈はないので、暫く姿を見せないと先生はどうかしなすつたのぢや無いかと老人の方から心配する位である。
 老人、名は木谷長治郞と云つて嘉永元年の生れ、本所金糸堀邊に住んでゐた小祿な旗本の嫡子《あとゝり》で、八代目三升そつくりといふ美男子だつたとやら、もし世が世なりせば宛然人情本中の人物たるべきを、丁度二十の聲を聞いた時幕府は瓦解して世襲の扶持に放れ、それからはいろ〳〵士族の商法に失敗した末は遂に藝が身を助ける不仕合。長治郞は少い時分から好きで覺えた講釋で口を糊りしやうと思立ち、當時名の賣れた一山といふ軍書讀みが亡父の知己であつたのを幸ひ其の弟子となり吳山と名乗つて高座に上つたが、性來の辯才と男前の立派なので忽の中に賣出した。する中に新橋尾花家の娘の十吉がさる贔負のお座敷で見染めて入り揚げ、とう〳〵晴れて亭主にしたのである。
 長治郞と十吉の間には二人の男の兒が生れた。老人は長男の庄八に學問させ立派な人物にして、潰れてしまつた先祖の家を興させたいを思つてゐたが、藝者家の疊に生落ちた庄八は小學校へ通ふ頃から早くも遊藝を嗜む性質を示し始めたので、父親はきびしい意見の末再三手荒な折檻までした事があるが、遂に詮方つきて、そんなら一層其の方面で名を揚げさせるより仕樣がないと、十二の時市川團洲に賴込んで弟子にして貰つた。庄八は市川雷七と云ふ名を貰ひ團洲の歿後二十の時に名題に昇進して仲間から妬み嫉まれた程な人氣役者になつたが、不圖流行風邪から急性肺炎に冒され脆くも命を取られてしまつた。
 丁度その頃に庄八の弟なる次男の瀧次郞――これは中學校も卒業間近まで進んでゐたが、或時各區の警察署で不良少年の検擧をした折、どういふ譯かその嫌疑で呼出され說諭を喰つた爲め中學は退校されてしまつた。それや此れやで老人はひどく世をはかなんだ矢先、講談師仲間と席亭の悶着が起り、老人はむしやくしや腹で四方八方へ當散した揚句、講釋師の鑑札を返してしまつた。
 老人は根からの藝人ではないので、いつも頑固な事を云出して仲間のものから嫌はれてゐた。自分だけでは心底あきらめて世をも自分をもすつかり茶にしてゐるつもりであるが、知らず〳〵昔の氣位と性癖を現はすのであつた。師匠の一山が生きてゐた時分には折々宴會や御座敷なぞへも招れて行つたが、或時、さる成金紳士の新宅開に呼ばれ、御さし觸《さはり》になるやうな事をば興に乗じて滔々と辯立てゝ大失敗《おほしくじり》をやつた、其れ以来、お座敷藝は窮屈でいけないと云つて、どこから呼ばれても一切斷つて寄席の高座ばかりを勤めてゐた。講釋は高座で自由氣儘にやらなくちや面白いものぢやアねえ。吳山の講釋が聞きたけれア華族樣でも紳士でも寄席へ來るがいゝ。吳山は職人衆の前だらうが、紳士の前だらうが、相手を見て話をするんぢやねえと昔の風流志道軒もよろしく老いて益々壯に善く罵り善く人を笑はすので、これが却て人氣となり吳山の席は二八月の不入な時節にも相應に客足を引くのであつた。
 倉山南巢が老人と懇意になり出したのもつまりは久しく吳山の出る席の定連であつた事からである。
「もう一度出て見る氣はありませんか。お前さんが止《よ》してから私《わたし》もとんと講釋場へは行きません。」
「何しろかういふ世の中になつちやもう駄目だ。講釋なんぞゆつくり聞いてゐやうといふ世の中ぢや御座んせんよ。」
「今の世の中は活動でなくつちや承知が出來ないのだからね。」
「義太夫も落語も總じて寄席はもうすたりでさ。」
「寄席ばかりぢやない。近頃は芝居も同じ事《こツ》てすよ。考へて見るとそれも無理はないのさ。今の見物は藝を見やうとか聞かうとか云ふのぢやない。唯何でもいゝんだ。値段が安くて手取り早く一つ處でいろんな物が見たり聞いたりしたいと云ふんだから、これア活動に限りまさ。」
「全くさ。先生の仰有る通り、ゆつくり役者の藝を見てやらうとか講釋師の讀振りを聞いてやらうとか、そんな事は今のお客にや面倒で面白くないんですね。だから席亭は不入でも講談筆記は賣れるといふぢやありませんか。私《わし》は蓄音機の藝と講釋の筆記はどうも好きませんて。ねえ、先生、一體何にかぎらず藝といふものは遣《や》つてゐる中に知らず〳〵氣乗りがして來るもんだ。其の氣乗が自然とお客へ移る。そこでお客の方も知らず〳〵氣を取られて力瘤を入れるやうになる。そこが藝の不思議といふもんで、きく方とやる方の氣合が通じ合つて來なかつたら藝にはならない。さうぢやありませんか。」
 老ぼれた講釋師と古手の小說家とは冷えた澁茶に咽喉《のど》を潤しながら互に氣焰を吐く最中、
「おや入らつしやいまし。」と葭戶を片よせて這入つて來たのはこの家の女主人尾花家十吉であつた。
 身丈《せい》のひくい橫幅の廣い肥つた婆さんである。然しよく待合や料理屋の女將にあるやうな見るから憎々しく肥滿し、人を見れば無暗とお世辭たら〳〵後を向けばすぐ舌を出しさうなふてぶて[#「ふてぶて」に傍点]しい樣子は少しもない。眼の圓い頰の垂下つた福々しい顏立は誰が目にも腹藏のない好い人だと見える。今お座敷からの歸りと覺しく絽の鮫小紋に絽朱珍の帶を〆めた着こなしから一體の身體《からだ》つき何となく落ちついて當世らしからぬ處、新橋の藝者といふよりは河東か一中節の師匠とも云ひた氣《げ》である。十吉は全く見掛けの通り同じ年頃の老妓からも又生意氣盛りの若い妓《こ》からも誰からも惡く云はれた事のない極《ご》く隱な女である。十吉と同じ年頃の老妓逹はいづれも此の土地の幅《はゞ》きゝで皆《みんな》から大姐《おほねえ》さんで立て通されてゐるが、十吉はさういふ幅きゝの老妓逹のなす事には善惡ともに一切口を出した事がなく萬事組合の世話人のなすまゝに任《まか》しきつて置くので、さういふ人逹からは十吉さんは角《かど》のない物のわかつた人だと云はれてゐる。飜つて組合中へ幅《はゞ》がきかしたくも利《き》かす事の出來ない一部の不平連中または老妓でもなく若くもない中途半端な自前の姐さん逹からは十吉姐さん見たやうなさつぱりした慾のない人はないと感心されてゐる。時によつてはもう少し十吉姐さんに何とか口をきかせるやうにしたらばと氣の毒がられもするのである。然し十吉にはこの年になつて殊更面倒な組合の世話人なぞになつて、演藝會だの踊のさらひなぞの指圖《さしづ》をして幅をきかせ自分の家の抱えを無理にも賣出させやうといふ程の必要がないのである。それも長男の庄八が逹者でゐて今時分は立派な役者になり、又次男の瀧次郞が首尾よく學校でも卒業して末に望があるやうならば、身を粉にして稼ぎもし金をためもしやうけれど、一人は死んでしまひ、一人は不良少年となつて勘當同樣義絕同樣今では父の手前表向は出入をさせぬやうになつてゐるので、云はゞ自分と亭主の吳山と二人ぎりもう先の知れた餘生を送つて行けるだけのものさへあればよいのである。それには新橋開けて以來ずつと賣込んだ店だけに他《わき》から是非置いてくれと賴込まれる抱もあるし自分も出てさへゐれば年來御贔負のごく手堅いお客樣があるので結構その日の商賣は出來て行く。それにつけ思ふまいとしても思出されるのは矢張忰の事ばかり……。
 十吉は靜に佛壇の前に坐つて念佛を稱へた後御燈明を消して扉を閉《し》め、表口の六疊へ戾つて絞の浴衣に着換へ何やら箱屋の婆さんと話をしてゐる中、來客の南巢先生は吳山老人に送られて歸りかける。
「アラお歸りですか、先生、まア御ゆつくりなさいましな。」
「ありがたう、その中また御邪魔に出ます。」
「久振で編笠でもさらつて戴かうと思ひましたのに。」
「はゝゝゝは。さういふ事ならいよ〳〵以つて長居は出來ませんな。この頃はもうとんと怠つて居ます。師匠にお會ひでしたらよろしく仰有《おつしや》つて下さい。」
「それではまたお近い中に……。」
 十吉は老人と一|緖《しよ》に奧の間に這入つて煙草を一服したが、仔細あり氣に「お前さん。」と呼掛けて、「駒代は二階にゐますか。」
「今方出たよ。」
「私《わたし》やちつとも知らなかつたけれど、あの、何だつてね、この間から濱崎さんへ行くのは力次さんの旦那に呼ばれてゐるんだつてね。」
「ふう、さうかい。」と老人は夏蜜柑の皮を干した煙草入を光澤《つや》ぶきんで拭《ふ》きはじめた。
「實は二三日前力次さんと一所になつたんだよ。すると何だか妙な事を云つてるから變だとは思つたけれど、さうとは氣がつかなかつたのさ。處が今夜すつかりお客樣から其の事を聞いてはゝアと思つたのさ。」
「ぢやアあれも見掛によらずなか〳〵腕があると見えるね。」
「何だか私が知らない顏をして取持でもしたやうに思はれるといやぢやないか。」
「何さ、なまじ口を出さねえがいゝ。打捨《うつちや》つて置きなよ。出來る前に相談でもされたんなら知らねえ事出來てしまつた後ぢや仕樣がないやな。だが此の頃の子供は皆いゝ腕だな。あの妓《こ》ばかりに限つた話ぢやねえ、此の頃の妓《こ》は義理といふ事を構はねえのだから何處《どこ》へ出しても强いもんさ。」
「ほんとうだよ。今夜いろ〳〵話を聞いたんだがね、旦那の方から身受の話まで持出してあるんだとさ。引かして世話をしてやらうと仰有つてるんださうだけれど駒代の方ではつきりした返事をしないんだとさ。」
「彼奴《あいつ》もこの頃は大分出るやうになつたんで、何か途方もねえ夢でも見出したんだらう。」
「まアあゝして稼いでゐてくれゝば家《うち》ぢやそれに越した結構な事はないんだけれど、誰にしろいつまでも若くつてゐるんぢや無いからね、世話をしてやらうといふ方があるなら、その方《かた》の云ふなりになる方が當人の爲めだらうがね……。」
「一體その旦那といふのは何處のお方だ。華族さまか。」
「力次さんの旦那なんだよ。」
「だからその旦那といふのはどう云ふ方だ。」
「お前さん、知らないのかい。そら、あの何とかいふ保險會社の方だよ。三十七八かね、まだ四十にやお成りなさるまいよ。お髯のある立派な好い男さ。」
「大したものを見付けたな。それぢや商賣が面白くつて止められねえのも無理はない。旦那がいゝ男で道樂に六代目か吉右衞門でも色にすりやそれこそ兩手に花だ。はゝゝゝは。」
「お前さん見たやうな呑氣な人アありやしない……。」と十吉は呆れて腹も立てぬといふやうな顏付をして灰吹をぽんと叩いた。折から表の方で電話がしきりに鳴出す。「誰もゐないのかね。」と云ひながら十吉は退儀さうに立上つた。

 五 晝の夢

 一時は水道の水が切れると騷いだ旱《ひでり》の八月末、暮方近くなつて突然篠つく如き夕立から一夜半日降りつゞいた大雨。がらりと晴れると時候はすつかり變つて、秋は忽ち空の色柳の葉の目にもさやけく、夜ふけた町の下駄の響車の鈴の音にも明に思知られ、路次の芥箱に鳴く蛼の聲が耳立つてせはしくなり出した。
 駒代は吉岡さんにつれられ箱根か修善寺へ行く處であつたが、かの大雨で鐵道は東海道線のみならず東北線にも故障が出來たとかいふので、吉岡さんにすゝめて森ケ崎の三春園へ泊る事にした。三春園といふのは新橋中で幅をきかしてゐる木挽町の對月と云ふ待合の別莊で、公然お客を泊《と》める旅館ではない。始めは對月の女將が榮華のあまり氣保養にと建てたのであるが、地體慾には目のない輩《てあひ》のこと、これだけ立派な廣い別莊を普段明けて置くのは惜しいものだと、木挽町の待合は養女と物馴れた女中にまかせ、女將はこゝを出店のやうにして、御贔負のたしかなお客筋または出入の藝者衆に賴んで連れ込みのお客を呼んで貰つてゐるのである。お客は宿屋とちがひ相客がないので貸別莊にゐるのも同樣な處から自然と心持よくお茶代も過分にはづむ譯《わけ》。藝者は又新橋中で幅のきく待合對月に對して一人でも餘計にお客を連込んでやれば何んとなく自分の顏がよくなるやうな氣がするので時には自腹でお土產を買ひ東京へ歸つてからわざ〳〵木挽町の帳場へ「昨晩は大崎でいろ〳〵お世話になりましたわ。」と鼻高々と報吿に行くものさへある。駒代が三春園を吉岡さんに勸めたのも矢張この邊の魂膽《こんたん》からであらう。
 女中が朝飯の膳を下げて行つた時はもう十時過であつた。初秋の空は薄く曇つて徐ろに吹き通ふ風時折さつと緣先の萩の葉の露をこぼしながら、蟲の音はそれにも驚かず夜と同じやうに靜に鳴きしきつてゐる。
 駒代は敷島を啣へ腹這ひに寢そべつて女中の置いて行つた都新聞を見てゐたが、生叭《なまあくび》一ツ、やがて顏をあげると急に取つて付けたやうに「いゝわねえ、閑靜だわねえ。」
 葉卷を啣へて吉岡は最前から女の姿に餘念もなく見惚れた樣子であつたが、靜に肱枕の身を起し、「だからさ、惡い事は云はん。好加減に藝者はよしたらどうだ。」
 駒代は默《だま》つて唯だ花《はな》やかな笑顏を見せたばかりである。
「駒代、一體お前はどうして止《よ》す氣になれないんだ。乃公《おれ》を信用せんのだな。」
「信用しなかないわ。ですけれどさ……。」
「そら見ろ。矢張信用しないんぢやないか。」
「だつて無理だわ。あなたには力次姐さんがついて居るんだし、それから濱町の村咲の内儀《おかみ》さんもあるんでせう。ですから私なんぞそれア一時はいゝかも知れないけれど、きつと直にいけなくなつてよ。」
「力次の方はもう切れたも同樣ぢやないか。昨夜もあれほど話したのにまだそんな事を云つてゐるのか。濱町はもと〳〵きまつて世話をしてゐるんぢやなしさ。そんなに不安心ならまアそれでいゝさ。」
「あなたすぐ怒《おこ》るんだもの。ちよいと――。」と女はきつぱり云切つた男の調子に忽ち鼻聲になり、男の胸の上に顏を押付けた。
 吉岡は全く我ながら不思議でならない。以前洋行する時分には平氣で捨てゝ行つて此の女が今更となつてこれ程氣に入つて來《こ》やうとは全く意外である。つい此の夏のはじめ偶然帝國劇場で出會つた晩、築地の濱崎へ呼んだ折には、唯學生時代の昔を思返して見る面白さ、云はゞ其夜かぎりの物好であつたが、一度二度と度重る中にどういふ譯ともわからず唯何んとなしに徹頭徹尾駒代を我がものになし終《を》ふせてしまひたくなつた。
 全く不思議だ。さういふつもりでは決してなかつたのだが……と吉岡は駒代の顏を見る度自分の心がその思ふやうに自由にならないのを不思議がる。これまで隨分遊散してゐるが、實際吉岡はかういふ妙な心持になつた事は唯の一度もなかつた。書生の時分から吉岡は非常に規則正しい代り潤ひのない薄情な、折々木で鼻をくゝつたやうな事を言ふ男だとよく人からいはれてゐた。蕎麥屋や牛肉屋へ上つても友逹からおごられるのが嫌ひ、又友逹をおごるのも嫌ひ、勘定は厘毛まできちんと割前にするといふやり方、其時分始て藝者買をし出したのも、云はゞ確固たる分別あつての事であつた。それはなまじ性慾を抑壓して却て下宿屋の下女のやうな素人《しらうと》の女に引掛り飛んだ耻をかくよりも、金で立派に買ふ女に間違はない。間違のない女を安心して買つて、それで性慾の壓迫を排除し精神爽快となつて學期試驗每に上席を占めればこれ則ち實益と快樂を一擧に兩得する譯であると思つてゐた。所謂現代の靑年たる彼には前時代の人々の心を支配した儒敎の感化は今や全く消失せてゐたので、最終の勝利たる其の目的の貫徹に對しては手段の如何を問ふべき必要も餘裕もないのであつた。其の人の罪ではない。これ則時勢の然らしむる處であらう。吉岡は每月何囘遊べば其勘定は大略どの位といつもきちんと豫算を立ててゐるので、もし豫算を超過しない場合には、その剰餘は惜しまず女にやつてしまふ代り、また豫算の額より以外にはいかほど買馴染の女から呼出しの手紙を貰つても嚴として應じなかつた。
 社會に出てからも矢張その通りである。これまで湊家の力次の旦那になつてゐた譯は性慾からでも戀愛からでもなく、所謂當世紳士の巧妙心とも云ふべきものからであつた。力次は先年井藤春步公が手をつけた女だとかいふ事で今だに何かあると藝者仲間の評判、當人は其當時から一足飛びに貴婦人になりすました樣な氣位。俄に茶の湯に琴書畫までを習ふといふ有樣。吉岡は近頃賣出した若手の實業家として、いづれどの道藝者の旦那になるなら、よかれ惡しかれ取られる金は同じこと。さすれば都新聞の艷種に出されても人を驚すやうなのがよいと無鐵砲に力次を口說いた。ところが男振のよいのと切放れのいゝのとで力次はお高くとまつてゐるといふ評判にも似ず案外譯なく落ちたのである。然し力次は吉岡より年も既に三ツ上《うへ》、白襟に紋付でも着て出る時には流石に押しも押されもせぬ本場所の藝者と見えるが、普段つくらずに居る時は小皺の寄つた目の緣の黑ずみ、額の廣い、口の大きい、どことなく底意地の惡るさうな中年の婆さんである。吉岡は力次に對して最初からどういふ譯か一|目《もく》置《お》いてゐたので、いくら旦那になつたからとてさう何も彼も自分の自由にする譯には行かない。殊にどうかするとこの若僧《わかぞう》がと人を馬鹿にしてゐるやうな氣がしてならない事がある。又時にはもう少し年が若くて、根こそぎ男の自由になるやうな色ツぽい女がと思ふ事もある。元はお茶屋の女中で萬事|安手《やすで》に出來てゐる濱町の待合村咲のおかみと兎角手が切れないのもつまりは其れや此れやの原因からであつた。ところが茲に偶然、書生時代に買馴んだ駒代に再會して見ると、何となく其の情交がしつくりと合つて誠に自然であるやうな氣がした。以前から知つてゐるので何を爲《し》やうが云はうが氣の置けるといふ處はない。それに年增盛りの容貌もよく人に見られてもさして自分の顏のよごれる虞もない。吉岡はそこで駒代を引かして妾にし、日頃望んでゐた別莊を鎌倉邊に新築してそこへ駒代を置き、自分は土曜から日曜日へかけて氣保養がてらに遊びに行かうと思立つたのである。
 お前の爲に別莊を建て、立派に引祝までして身受をしてやると云つたら駒代は二返事で承知するだらうと思ひの外、これは兎角はつきりした返答をしないので吉岡は侮辱されたやうに腹も立つ、又早くも掌中の玉を失つたやうに落膽もする。一體どういふ譯で自分のいふ事をきかないのか、女の心中を見定め、とても駄目なものなら此方《こつち》も男の意地、これなりきつぱり關係を絕たうと決心しながら、さて今日《けふ》も目《ま》のあたり、いかにも素人《しらうと》らしい丸髷の艷かしくも崩れ亂れて、細帶しどけない姿を見ては、これが思ひ通り自分のものになつて新築の別莊に居たならと兎角未練な氣が出る……。
 吉岡は眞實駒代の丸髷がよくて〳〵ならないのだ。何でも四五度目に呼んだ時、駒代はさる病院へ朋輩の病氣見舞に行つたとかいふので、其の爲に結つた丸髷のまゝ着物も端折《はしを》つてお座敷へ來た事がある。其の姿がいつも潰島田《つぶし》か銀杏返に裾を引いた藝者の姿とはちがつて、如何にも目新しく、どこやら新派の河合にも似た處があるやうに思はれ、今まであまり藝者になりきつてゐる力次と、又一方には、いかにも重苦しくそして又時にはいやにぢゞむさい村咲のおかみと、此のいづれにも見られなかつた新しい特別の心持を覺えた。其の時から不圖《ふと》この女を此れなりこの姿のまゝにして置きたいと思出したのが、やがて呼ぶ度每にいよ〳〵押え難くなつてしまつたのである。
 吉岡はこの夏中《なつぢう》通《とほ》して出勤してゐた代り秋口になつてこの一週間ほどゆつくり休暇を取つた處から、是《ぜ》が非《ひ》にもこの間に駒代を說伏せてしまはうと急《あせ》つてゐる。それには二人ぎり鼻をつき合せて外に氣のまぎれやうがない、外に邪魔のはいりやうがないこの三春園は箱根や修善寺の溫泉なぞにも增して猶好都合だと見て取つたので、三日目の朝ふと東京の江田から株の賣買か何かの事で電話がかゝり、據處なく一寸市中まで歸らなければならない用事が出來たが吉岡は遲《おそ》くも夕方までには戾つて來る。其の間誰か友逹でも呼んで待つてゐるやうにと、十吉の家の花助と別の家の千代松といふ二人へ遠出の口をかけて出て行つた。
 駒代は獨り座敷へ立戾ると、ばつたり倒れるやうに坐ると共に疊へ突伏して泣出した。自分ながら何が何やら分らないまでに氣が上《うは》づツてしまつたのである。この二日二夜といふもの、逃げたいにも逃場がなく立通《たてとほ》しにしつツこく問ひ詰められ、煩《うる》さく付《つ》きまとはれて、機嫌も氣褄ももう取りやうがない。身體《からだ》はつかれきつて頭はぴん〳〵痛む。まだこの上二日も三日もこゝに留められてゐたらどうなる事だらうと思ふと、最初は自分から勸めて泊りに來たこの三春園が牢屋としか思はれなくなつた。
 どこかで鷄の鳴く聲が聞えた。駒代の耳にはそれが際立つて田舎らしく聞えると、忽ち遠い〳〵秋田にゐた時の辛《つら》い事悲しい事心細い事のさまざまが胸に浮んで來《く》る。鷄につゞいて鴉《からす》の鳴く聲。緣先には絕えずかすかに蟲が鳴いてゐる。駒代はもう堪《たま》らなくなつた。もうこゝに愚圖《ぐづ》々々してゐたら一生新橋へは歸られなくなつてしまふかも知れない。何故新橋がそんなに懷しく心丈夫に思はれるのか。唯譯もなく駒代は夢中でこの家を逃げ出さうと、厠の外はよくも案内知らぬ廊下へと細帶のまゝ飛び出した。
 すると出合《であひ》頭《がしら》に、駒代よりも猶更びつくりしたのは、團扇片手の浴衣がけ、誰もゐないと思つて間每《まごと》々々《〳〵》の普請でも見步いてゐたらしい綺麗な男である。年は二十七八、剃つた眉の痕へ墨を引き、髮を五分刈にした中肉中|丈《ぜい》、すぐに役者と知れる樣子、藝名瀨川一糸といふ女形である。
「あら兄《にい》さん。」
「駒代さんか。冗談《じようだん》ぢやない。びつくりさせるぢやないか。」と一糸は片手を胸に殊更動悸を押へる風《ふう》をしてほつと大きな息をついた。
 駒代はこの前新橋から出てゐた時分一糸とは踊の師匠花柳の稽古場で知合つてゐた。其の時分一糸はまだ修行最中の少年であつたが、二度目に駒代が藝者になつてつい此の春歌舞伎座の新橋演藝會の折樂屋で逢つた時には既に立派な名題役者になつて大勢の藝者から兄さん〳〵と云はれてゐた。駒代は無暗とわが身が心細く夢中で寢衣のまゝ此家を逃出さうと思詰めた矢先、思ひもかけず一糸の姿を見ると、忽然どういふ譯ともわからず、宛ら他國で圖らず同鄉のものに出遇つたやうな懷しさを覺え、あたりの物淋しさが俄にそれほどでもないやうに、自然と心丈夫な氣がして、あまりの嬉しさに思はず寄添はぬばかり進み出《で》て、
「兄さん、びつくりして。御免なさいよ。」
「まだ胸がどき〳〵してゐるぢやないか。譃ぢやない。そら觸《さは》つて御覽。」と一糸は無造作に駒代の手を取つて其胸を押へさせた。
 駒代は俄に顏を赤くしながら、「ほんとに堪忍して頂戴よ。」
「いゝよ。今に仕返《しかへ》しするよ。」
「あら兄さん、あやまつてるぢや無いの。兄さんが惡いのよ。默《だま》つてそんな處《とこ》に立つてるんですもの。」
 兄《にい》さんは駒代の髮も亂れ裾も亂れた姿をぢろ〳〵見ながら、猶もその手を握つたまゝで、昨日明治座が千秋樂《らく》になつたから二三人で約束してこゝへ花を引きに來たのであるが、まだどうしたのか誰も來ないと云ふのである。
「お樂しみねえ。兄さん。」
「何がさ。」
「何がつて。お連《つれ》はだれなの。東京へ行つたら奢つて頂戴よ。」
「お前さんこそ。人知れずしけ込[#「しけ込」に傍点]んでゐる處を、お邪魔樣でしたね。」
 駒代は急に情けなくなつて、其の儘行かうとする一糸の袖を捉へ、「お苦しみなのよ。兄さん。察して頂戴よ。」
「どうせ泊《とま》つて行くんだらう。後で又逢はうよ。」
「誰もゐやしないわよ。あたい一人置いてき[#「置いてき」に傍点]堀なのよ。」
「さうかい。それぢやお前さんと私と二人ぎりだね。内儀《おかみ》さんは用たしに濱《はま》へ行つたんだとさ。」
「さう、女將《おかみ》さんもお留守なの。」
 誰もゐないと思ふと廣い家の中は一際|寂《しん》としたやうに思はれ、廊下の窓から見える裏庭一面、激しく照りつける殘暑の日の光に、構内《かまへうち》は勿論垣根の外の往來まで何の物音もなく、只耳に入るのは蟬の聲と蟲の音ばかりである。
 二人は佇んだまゝ暫くは默つて顏を見合はしてゐた。

 六 ゆひわた

 吉岡はまだ日の高い中に酒好きの肥《ふと》つた江田さんをつれて三春園へ歸つて來た。その晩最終の電車で江田は東京へ歸る筈なのを駒代は一同《みんな》と一緖《いつしよ》に雜魚寢《ざこね》をしようと云つて無理に引留め、そして夜半《よなか》過《す》ぎまで流石《さすが》の江田さんをも辟易させる程ウイスキイのコツプをさしつ押へつして遂に其の場に打倒《ぶつたふ》れ、やがて小間物店を出して一同《みんな》に厄介をかけた揚句、翌日《あくるひ》は一日氷で頭をひやす始末。旦那の吉岡もこれには閉口して、一先づ三春園を引揚げる事にした。元より狂言半分の大病なので、駒代は藝者家へ歸ると其足ですぐにも日頃信仰してゐる新宿のお稻荷さまへ行つてお伺を立て、吉岡さんの世話で今が今急に商賣をよしてしまつても大事はないか。一時はよくても以前のやうに不運な廻《めぐ》り合《あは》せになるやうな事はあるまいか、能く占つて貰つた上、家の十吉姐さんや待合濱崎のおかみさんとも相談して、それから旦那の方へ返事をしようと思案をきめたのである。
 髮を結び直し錢湯から歸つて來て、鏡臺の前に坐つたが、すると慌忙《あはたゞ》しく梯子を駈上つて來たお酌の花子が、「駒代|姐《ねえ》さん、お座敷よ。」
「困《こま》つたねえ。また濱崎屋さんぢやないかい。」
 駒代は今方自働車で三春園を引上げた吉岡さんがお屋敷へは歸らずすぐと築地へ廻つて其處から又呼びによこしたものと思つたのである。ところが
「いゝえ宜春《ぎしゆん》さんですよ。」
「宜春さん――珍しい家《うち》から掛つて來たんだね。間違ひぢやなくて。」と駒代は首をかしげながらも稍安堵の吐息《といき》を漏した。然し今まで一度も行つた事のない待合なので、駒代は髮も出來ませんし、それに少し加減がわるくて休《やす》んで居ますからと斷《ことわ》つて貰つたが、すると、普段のまゝ一寸でいゝから是非といふ再度の電話。お客樣はどなたかときくとお馴染の方だといふ返事に、誰とも思當りはないが、さう情《すげ》なくも斷《ことわ》りかね、しぶ〳〵ながら、又何となく半信半疑こは〴〵ながら農商務省の裏通り、大小の待合軒をつらねた其の中の一軒、宜春と嵯峨《さが》樣《やう》で書いた柴折門の家へ車を走らせた。すぐお二階へと云はれて、おそる〳〵梯子を上つて行くと、まだ晝《ひる》の事ではあり、葭戶を開放した表二階、廊下からも見通される一間の床柱に背を倚せかけて、唯《たつ》た一人《ひとり》三味線を爪|彈《びき》してゐるお客――誰あらう其れは圖らず三春園で忍び逢つた瀨川の兄《にい》さんである。
 「あら。」と云つたまゝ駒代は嬉しいやら、耻しいやら、餘りの意外に少時《しばし》座敷へは這入《はい》りも得なかった。
 一昨日《をととひ》の眞晝中《まひるなか》、人氣のない三春園の廊下で、何方《どつち》から、どうしたともどうされたとも分《わか》らず、駒代は唯只《たゞ〳〵》嬉しい夢を見た。然し相手は何を云ふにも引手あまたの藝人衆の事、大方その場かぎりの冗談であらう。よし唯《たゞ》の一度その場かぎりの冗談《じようだん》にしても藝者してゐる此方《こつち》の身に取つては此れにました冥利はないと思つてゐる矢先、まだ三日とたゝぬ中、突然|向《むかう》からちやんとお座敷にして人知れず呼んでくれるとは、全く思ひもよらない、何といふ親切な實情《じつ》のある仕打《しうち》であらう。さう思ふともう嬉淚が眼の中一ぱいになつて駒代はどうする事も、何《なん》と云《い》ふ事も出來《でき》なくなつた。
 わざとらしく「待ちわびて」といふ小唄を彈《ひ》いてゐた兄《にい》さんは三味線を膝の上に抱《かゝ》えたまゝ、「此方《こつち》が凉しいよ。こゝへお坐《すわ》り。」
「えゝ、有《あ》りがたう。」といふのも殆ど口の中、駒代はまるで見合《みあひ》につれられて行つた生娘《きむすめ》のやうに顏を上げる事が出來ないのである。
 この樣子に、瀨川はすつかり嬉しくなつてしまつた。同時に又意外な好奇心にも驅られ始めた。瀨川は駒代をばこれほど初生《うぶ》な氣まじめな藝者とは思つてゐなかつたのである。二十四五の年合から見ても一人や二人藝人の肌を知らない筈はない。一昨日の晝日中三春園で其の場の冗談《じようだん》から思はずあゝ云ふ譯になつて見れば、何ぼ何でも其儘|打捨《うつちや》つて知らぬ顏も出來まいと、云はゞ藝人の義理半分またお詫半分にお座敷へ呼んでやつた。お座敷へ來て自分の顏を見れば何の臆《おく》する氣色《けしき》もなく、
「あら兄《にい》さん隨分ねえ。」ぐらゐの事は云ふに違ひないと思つてゐた。ところが全く豫想外な駒代の樣子、もうぞつこん自分に迷込んでしまつたらしい樣子に此方《こつち》は男の自惚《うぬぼれ》が手つだつて無上《むしやう》に嬉しくなり、唯一遍の冗談《じようだん》でこの位の結果を現はすなら、此の上斯うもしてやつたら先《さき》はどんなに逆上《のぼせ》るだらうと思ふと、もう面白半分瀨川は調子にのつて、此迄《これまで》の經驗で覺えのある秘術のありたけを爲盡さずにはゐられなかつた。
 駒代はもう夢に夢見る心地といふも愚《おろか》。端《はて》は狐にでも化《ばか》されてゐるのではないかと云ふやうな氣もして口《くち》もきけず手も出せず、只々うれしい有難いの一念が身にしみるばかりである。瀨川は何から何まで痒《かゆ》い處へ手が屆くやうに、さて自分も姿をとゝのへて風通のいゝ次の間の窓の側へ坐つた。遠くから夜廻の拍子木が聞え出したので夜は十時を過ぎたと覺しい。
「駒ちやん、お茶一杯ついでおくれ。」
「冷《さ》めてるわ、もう。入替へて來ませう。」とまめ〳〵しく立掛ける其の手を取つて、
「いゝよ〳〵。女中が來るとうるさいぢや無いか。」
「さうねえ。」と駒代は手を引かれるまゝべつたり膝を崩して寄掛り、「私も咽喉《のど》が渇いてしやうが無いのよ。それほど頂《いたゞ》きもしなかつたのに。」
「それぢや駒ちやん、いゝかい。きつと都合して逢つておくれ。」
「兄《にい》さん、きつとよ。きつと逢つて頂戴よ。兄《にい》さんが其の氣なら私《わたし》どんな苦勞でもして見せるわ。」
「義母《おふくろ》がやかましくなければ泊《とま》つて行くんだけれど、まゝにならないねえ。」
「ほんとねえ。兄《にい》さん、今度《こんど》いつ逢つて下さるの。私は十一時過ぎならいつでも身體《からだ》があいてますから。」
「うつかり泊《とま》つて旦那《だんな》にでも目付《めつ》かるといけないよ。用心に用心が肝腎だよ。」
「旦那は滅多にお泊りになる事はないから大丈夫よ。それよりか兄《にい》さんの方《ほう》が泊《とま》れないんだから。」
「何《なに》、泊《とま》らうと思へば泊《とま》れない事はないけれど、家《うち》の義母《おふくろ》位《くらゐ》野暮な女はありやしない。自分だつて舊々《もと〳〵》素人《しらうと》ぢやあるまいしさ。ぢやア駒ちやん、明日《あした》の晩逢はうよ。明日の稽古は大槪八時か九時頃にはすむだらう。僕は芝居からすぐ此家《こゝ》へ來るよ。此家《こゝ》でいゝだらう。それとももつと人目につかないお茶屋を知つてゐるかい。」
「此家《こちら》でいゝわ。ぢやア私《わたし》そのつもりで待つてますよ。若しか據所ないお座敷だつたら貰つて來るまで屹度《きつと》待てゝ下さいよ。」
「ぢや約束したよ。」と瀨川は初めて遊びをする若旦那のやうに改めて女の手を握り、「それぢや車を呼んで貰はう。」
 車の仕度の出來るまで瀨川は猶も盛に甘《あま》い事を云ひならべた。駒代は瀨川を送出して帳場へ挨拶をすまし、不圖車を呼ぶのも忘れたまゝ、其れなり外へ出ると初秋の夜は星影凉しく鬢の毛を弄ぶ夜風何とも云へぬ良《よ》い晩である。駒代は農商務省の前からやがて出雲橋の方へと一人ぶらぶら駒下駄を引曳りながら、唯《たつ》た今過ぎてしまつた今夜の事をば、幾度となく繰返し繰返し思返しながら步いて來たが、橋の向うに遠く銀座《ぎんざ》の灯《ひ》を見ると、もう一度、何を思ふともなく思ひに沈んで見たい氣がして、行先さだめず唯人通のない寂《さび》しい方へと辿《たど》つて行つた。
 通りすがる待合の二階の火影、流して來る新内は云ふまでもなく、見るもの聞くもの、世の中はまるで今までとは違《ちが》つて了《しま》つたやうな心持がする。駒代は瀨川の兄《にい》さんには自分の外に深い色《いろ》があるか否かを疑つて見る餘裕はなかつた。唯々《たゞ〳〵》うれしくてならないのである。秋田の田舎へ片付いて其處《そこ》で落付《おちつ》いて年を取つてしまつたら、世の中にこんな嬉しい事のあるのをも知らずにしまつたのだと思ふと、今までの不仕合が何とも云へない程有難くなつて、人の身の上ほどわからないものはない。辛いも面白いも藝者してゐればこそだと、駒代は始めて藝者の身の上の深い味がわかつたやうに思つた。それと共に同じ藝者はしてゐても昨日までの藝者とは譯がちがふ。今は引手あまたの人氣役者を色にしてゐる押しも押されもせぬ藝者だと、駒代は俄に藝者の位も上り貫目もついたやうな云ふに云はれぬ得意な心持になつて、折から行きちがふ藝者の車を見てもおのづからあれはどこの妓《こ》だらうと云はぬばかり。向《むか》ふが薄暗い街《まち》の火影に振返れば此方《こつち》も惡びれず振返つてやるやうな勇氣が出て來た。

 七 ゆふやけ

 金春通の尾花家の二階、表通の出窓にさげた簾にはそろ〳〵殘暑の西日が、向側の屋根を越してさしそめる頃、「皆さんお風呂が湧きましたよ。」と梯子の下から御飯焚の聲。二階にはいづれもごろ〳〵亂次《だらし》もなく寢《ね》そべつてゐる藝者|逹《たち》、手拭浴衣に伊達卷をしめてゐるのは駒代。白かなきんの西洋寢衣を被《はを》つてゐるのは菊千代。晒木綿の肌着に腰卷一ツなのは花助。それにお酌の花子にお鶴といふまだ仕込の子供總勢五人である。
 菊千代は二十二三の身丈《せい》の低い丸《まる》ぽちやで、皆《みんな》から金魚と綽名をつけられてゐる通り、顏も圓く眼も圓く鼻も高からず、猪首の坊主襟、姿はよくないが、拔ける樣に色の白いくゝり頤《あご》の咽喉《のど》のあたり、猫のやうに撫でゝ見たいやうな氣がする程である。いつも極つて潰島田に結ひ油をこつてりつけて鬢と前髮へアンコを入れて思ふさま張出させ、いかな暑中でも剝げるやうな厚化粧に無暗とはでな物を着たがる處から、お座敷へ出る時の姿どことなく華魁らしい心持がするとやら、その爲めに年も若く見られ却つていゝお客がつくのだと影口を云はれてゐるのである。
 肌襦袢一枚の花助といふのは髮のちゞれた色の淺黑い眼のどんよりした平顏、身體付《からだつき》のがつしりした女で年は駒代とたいした違ひはないと云ふのであるが、誰が見てももう三十前後の年增としか思はれない。當人もそれはとうから承知。容貌《きりやう》や柄《がら》では千人近い新橋の藝者に立交つて到底《とても》賣れるものではないと悟り、自分の柄《がら》相應にお茶屋へ行けば女中よりも能く働いて見せ、若くて奇麗な流行《はや》る妓と一座すれば直《すぐ》に腰を低くして如才なくそのお取卷にと、また呼んで貰ふ樣に立廻つてゐるので、結句|一同《みんな》から調法がられ、お座敷も割合にいそがしく、それに又、容貌がよくないから安心だと妙な處を買つてこの二三年引きつゞき世話してくれる金貸の旦那さへ付いてゐるので、懷《ふところ》はなか〳〵有福、郵便貯金の通帳をば肌身放さずお守のやうにしてゐる。
 二人してお染をさらつてゐた花子とお鶴は三味線を片付ける。菊千代は潰島田《つぶし》の一を氣にしながら色氣のない大叭《おゝあくび》、花助は起ち上りながらに欠伸《のび》をした後、いづれも鏡臺の抽斗《ひきだし》から毛筋棒《けすぢ》を取出し鬢を上げ風呂へ行く仕度も、駒代ばかりはまだ起きやうともせず、壁の方を向いて寢そべつたまゝ、
「何時だらう、もうお湯の沸く時分なのかねえ。」
「さアお起きよ。擽《くすぐ》るよ。」
「はゞかり樣ですが斷《ことわ》つてお出でだ。」
「あら、おのろけかい。驚いたよ。此の人は。」
「お前さん昨日《きのふ》から餘ツ程どうかしてゐるよ。昨夜なんぞ大きな聲でお前さん寢言をお云ひだらう。わたしア誰かと思つてびつくりしたぢやないか。」
「あらさう。」と駒代は流石にそれ程の事もあつたかと我ながら意外な面持。始めて退儀さうに起直つて、「いゝわ。おごるわよ。」
「お前さん、いよ〳〵何か出來たんだね。」
「氣が早いよ、この人は。一昨日《おとゝい》三春園でお前さんに大變世話をやかしたからさ。」
「馬鹿にしないねえ。」
「ウイスキイをあらかた一本呑んぢまつたんだもの。今だに頭がふらふらしてゐるわ。」
「駒ちやん、一體お前さんどうする氣なんだえ。何だか姐《ねえ》さんも内々心配しておゐでのやうだよ。」
「私《わたし》、ほんとに困《こま》つちまうわ。彼方《あちら》も今のところしくじり度くないし、さうかと云つて引くやうな噂を立てられるのも困るんだしねえ。ほんとにもう、くさ〳〵しちまうわ。」
「今夜、お前さんお約束なのかい。」
「いゝえ。あれツきりよ、だけれどきつと今に見えるだらうと思ふのよ。全く何て御返事していゝか困つちまうわ。」
 梯子段に足音がした。上つて來たのは内箱のお定である。年は四十五、六|身丈《せい》はすらりとして、眼の大きい鼻筋の通つた面長の顏立、若い時にはまんざら見られなくも無かつたらしい。今こそ髮は薄く前髮のあたりに早くも白髮が見えるが、白粉燒した顏の色から着物の着こなし一體の樣子。元は洲崎の華魁であつたとやら。一時亭主を持つたが死別れ、七年程前に始めて桂庵からこの尾花家へ下女奉公に住込み、見やう見まねで自づと箱屋の遣口を覺えた時分、丁度以前の内箱が勘定を胡魔化して首になつた處からその後を引受けてもう三年程になる。
 駒代はお定の顏を見ると、噂をすれば影のたとへ。もう吉岡さんが來た知らせかと思はず、「お定さん。私《わたし》………。」
「いゝえ、菊千代さん。眞福《しんぷく》さんから掛りました。綠屋さんの御約束は六時ですから廻れませう。」とお定は命令するやうな相談するやうな一種の調子で、相手の返事を待たず、「お召《めし》は昨日の着換《きかへ》で能《よ》う御座んすか。」
 菊千代は何にも云はず急いで風呂場へ下りて行つた。
 菊千代と駒代とは別に仲のわるいと云ふ譯ではないが、一人は丸抱《まるがゝえ》の年季をすまして去年から分《わけ》になつた家中での古顏《ふるがほ》、某省の課長さんと地方の資產家なる議員さんとを目ぼしい旦那にして一人で羽振をきかしてゐた處、後から來た駒代の評判が稍ともすれば自分を凌ぎさうにするので、心甚|平《たひらか》ならぬ處がある。それが自然と樣子に現はれることがあるので、駒代の方でもあんな御多福のくせに生意氣なと腹の中で冷嘲すると云ふ具合。この間に挾《はさま》つて容色美ならざる悧巧な花助はつかず離れず兩方へ愛想よくして取卷のお座敷を一ツづゝでも餘計に稼《かせ》がして貰ふ算段。然し何方《どつち》かといふと其年齡からも、又いろ〳〵苦勞した其の境遇からしても、駒代とはお互にしんみりした話が能く合ふのである。花助は以前葭町に出てゐたが引かされて圍者になり、やがて其の旦那に捨てられて三年ほど前新橋へ出たのである。
 吉岡さんが身受の話を持出した時駒代が第一に相談したのは花助である。花助は私も實は覺えがあるんだけれどと、其の身の上を繰返し〳〵述べ立てゝ男といふものはいゝ時はいゝけれど一つ氣が變ると實に薄情なものだからと、日頃駒代が考へてゐた男子輕薄說に有力な根據を與へた。二人はそれから別けて話が合ふやうになり、お互に稼げる中稼げるだけ稼いで男なんか當にせず行末は小商賣《こあきなひ》でもして氣樂に一人で暮《くら》して行けるやうな算段をするが一番だと云ふやうな事を語り合つた。
 駒代は秋田の家を出てから身の振方に窮して舊の藝者にはなつたものの、何にしても六七年も素人《しろうと》になり然《しか》も遠い田舎へ行つてゐたので、妙に氣が陰氣《いんき》に固《かた》くなつてゐて、自分では隨分陽氣に馬鹿な事をいつてお座敷も賑につとめ、又お金になるお客の事なら隨分我慢して見るつもりではあるが、其の場に臨むとどうしても以前十代の時分に東西分らず何も彼もはい〳〵と云つて勤めてゐたやうな譯には行かない。いやに權柄づくなお茶屋の女中又は否應なしにお客を取れと云はぬばかりな待合の内儀の素振《そぶり》がぐつと胸にこたえて、駒代は今日まで全く吉岡さんの外枕席に侍するお客は一人も出來なかつた。花助はそれをば我が事のやうに、今の中うんと稼いで置かないと末へ行つて損だよ。私がお前さんだけの容貌《きれう》さへあればと頻に惜しがつて意見をする。然し駒代にはそれほどにして稼ぐ必要もなく從つて勇氣もなかつたのが、こゝに一夜にして其の必要と勇氣とは共に湧く如く差起つて來たのである。
 菊千代が大急ぎで眞福のお座敷へ行つた後、二人は後《おく》れて風呂から上り西日のさし込む表の窓際から鏡臺を裏屋根の物干へ通ふ小窓のほとりへ移し仲よく並んで化粧をしはじめた時、駒代は突然、
「花ちやん、お前さん此頃あの方にお目にかゝらなくつて。」
「誰《だれ》さ。」と花助は今縮毛の鬢を直す大苦心の最中である。
「そら、あたいが出た時分によく御前さんと一座した………あの千代本のお客樣さ。」
「杉島さんの御連中…………?」
「あゝ、さう〳〵杉島さんさ。あの御連中は何なの。議員さんなのかい。」
 駒代は一心に鏡の面を見詰めて髮をかいてゐる最中、突然何の聯絡もなく、杉島さんと云ふ赧顏《あからがほ》の紳士からお弘《ひろめ》の當時幾度となく呼ばれて口說かれた事を思出したのである。旦那の吉岡さんとは萬が一身受の話《はなし》を承知せぬ事から機嫌を損じるやうな事があつたら、もう否應いふべき時ではない。誰か一人其の代りを目つけて瀨川の兄《にい》さんと逢引の仕度をしなければと、今まで何か云はれたお客の名を改めて一人一人思返しはじめたのである。
「あの御連中はたしか大連だつたか知ら。何でも支那の方にお店のある方なんだよ。」
「そう、それぢや此方《こつち》にやお居でぢやないんだわね。」
「每年《まいとし》お正月と夏中は此方《こつち》に居らつしやるんだよ。そう云へばこの夏は一度もお目にかゝらないわねえ。私《わたし》南京繻子と紋縮緬をお賴みしたんだよ。いつでも彼方《あちら》へお立ちの時お賴みするのさ。それア品がよくつて安いんだよ。」
「さう、それぢや私も何か賴みやアよかつた。だけれど何だかネチ〳〵した、助平衞ツたらしいやうな厭《いや》な方ねえ。」
「お前さんにや隨分惚れてたんだよ。何でもいゝから取持てツて仰有《おつしや》るんで、私アあの晩位困つた事はなかつたもの。」
「あの時分は、私も久しくひいてた後だつたからね、何だか氣まりが惡くつて、それにさつぱり樣子が分らなかつたからさ。」
「見たとこは武骨なやうだけれど、あれで中々女の兒には親切なんだとさ。ずつと先に君川家の蝶七さんがあの方に出てゐた時分なんざ、三年も病氣でひいてゐたのをずつと別莊に置いて世話をしておやんなすつたのだと云ふ話だよ。」
「さうかい。さういふ方なら、何だらうねえ。大抵な我儘をしても大目に見て下さるだらうね。私ア顏なんざどんなに惡くつてもいゝわ。唯長く變らずにチツトは我儘をしてもさう怒らずに世話してくれる人がほしいのさ。」
「お前さん口でこそそんな事を云ふけれど吉岡《ヨウ》さん見たやうな奇麗な人を旦那にしてゐちやア、とても外の人はつとまりやしないよ。」
「吉岡《ヨウ》さんはそんなに奇麗か知ら。私ア何んだか仁丹の廣吿見たやうな氣がして、ちつともいゝ男だとは思つてゐないわ。唯以前に出てゐた人だからね。然し花ちやん、私は吉岡《ヨウ》さんも最《も》う長つゞきはしまいと思ふんだよ。」
「どうしてさ。外に誰か出來たらしいのかい。」
「いゝえ、さうぢや無いけれど…………。身受の一件もあるしさ、それに………。」と駒代はさすがに云淀んで俯向《うつむ》いた。實の處は昨夜宜春で瀨川一糸に再會していよ〳〵深く云ひかはしたからには、此の先長い間にはどうしたつて吉岡さんに知れずにはゐまい。並大抵なお客なら自分の腕一ツでどうにでも隱しおほせて見せるけれど、あの吉岡さんと來てはどうして〳〵一筋繩で行くお客ぢやないと、流石その人の持物になつてゐるだけ能く男の銳い事がわかつてゐるので、駒代は先づ花助を身方に引入れて、外はお客、内は朋輩から姐さん初め萬事この戀の邪魔になるやうなものを、知れぬ先から巧《うま》くして置きたいものだと心を定めたのである。
「いろ〳〵話したい事があるんだよ。花ちやん、お前さん、どこもお約束がないんなら、今の中因業家か何處《どこ》かへ御飯たべに行かないかい。私アほんとうにどうしやうかと、思案にあまる事があるんだよ。」
「さうかい、今夜はどこも受けちやゐないから…………。」
「さう、それぢや急いで行かうよ。」と駒代は飛上るやうに立上つて、「お定さアん。」と箱屋のお定を呼び、「鳥渡因業家まで行つて來るわ。七時か八時頃に昨日の宜春さんから掛つて來るかも知れないわ。それまでにや歸つて來るけれども、電話が掛つたら知らして。いゝ事。」
 ばた〴〵と二階を下りる。
 入れちがひに上つて來たのは吳山老人物干の朝顏に水をやらうと如露片手にすぐさま屋根の上に出た。今まで彼方此方の二階でさらふ三味線もぱつたり音をとゞめ、何處の家でも内風呂のわく刻限と見えて物干の浴衣を飜す夕風につれてコークスの臭氣盛に漲り電話の鈴次第にいそがしく鳴出す色町の夕まぐれ。吳山は物干の上から空一面棚曳渡る鱗雲のうつくしさ。朝顏の蕾數へる事も打忘れしばしはお濱御殿の森さして歸り行く鴉を眺めてゐた。

 八 枕のとが

 その晩駒代は丁度花助と因業家から歸つて來て、煙草を一服してゐる處へ心待に待つてゐた嬉しい宜春のお座敷。行くとすぐに花助を呼び瀨川の兄さんに引會はせて面白可笑しく十時過まで遊んだ。花助は後から掛つた他のお座敷へ廻る。駒代は兄さんとそれなり奧座敷へ引けて、十二時頃には起るつもりの處、何を云ふにも色になり立ての若い同志、つい別れにくゝて其の儘泊れば翌日は丁度稽古が一日休みと云ふ嬉しさ。晝寐の夢から覺めてすき腹に一二杯酌みかはした時である。
「駒代さん電話…………。」と知らせに來た女中もさすが氣の毒さうに聲をひそめた。
 駒代は電話口へ出てお座敷はどこだと聞くと對月と云ふ待合だと箱屋の返事に、一先づ斷つたが、またもや呼びに來る電話。
「兄さん、どこか遠出に行きたいわねへ。」と云ひながらも商賣なれば是非もなく、駒代は再び電話へ出ると、今度は花助の聲で、是非お前さんが見たいと云ふお客樣が居らつしやるんだから、鳥渡でいゝから貰つて來てくれとの事、そして出先は先刻《さつき》の對月である。
 駒代は是非なく承知して瀨川には一時間ほどすればきつと歸つて來るからどうか待つてゐるやうにと賴んで、しぶ〳〵車を呼び鳥渡家へ歸つて化粧を仕直し着物を着換へて對月へ出掛けた。
 風通しのいゝ二階の十疊に、御客は一人、藝者は家の姐さんの十吉に房八といふ少し年下の老妓、それに花助、稻香、萩葉、杵子、おぼろなんぞと云ふ二十三四の年增四五人に半玉二人を交へた賑な座敷である。これなら直に貰つて歸れると駒代は内心喜びながらも、家の姐さん十吉がゐてはさすがにさう我儘も出來ぬと思つてゐる中、十吉はそれぢや又お近い中にと丁寧に挨拶して何處か外の座敷へ廻つて行つた。
 お客は五十年配の色の眞黑な海坊主のやうな大男である。羽織は拔いで紺飛白の帷子に角帶を〆め、右の小指に認印の指環、兜町のお客かとも思はれる樣子。一座の老妓房八と花助とを兩傍に麥酒の酌をさせながら、別に話をするでもなく唯にや〳〵笑つて、杵子、萩葉、稻香なんぞいふ色盛の藝者が手放しの痴言《のろけ》、またはお酌が遠慮もない子供役者の品定めを面白さうに聞いてゐるばかり。
 駒代は時分を計つて座敷を貰はうと何氣なく立つて階下《した》の箱部屋へ行かうとすると、いつの間にか同じく座を立つて後について來た花助、「駒ちやん、鳥渡。」と廊下の角でそつと駒代を呼び止め、聲をひそめて、「駒ちやん、お前さん、今夜都合が出來ないかい。」
 駒代は何の事かと花助の顏を見る。花助はぢつと近く寄添つて、「昨夜ね、實は宜春さんから貰つて廻るとあの方のお座敷なんだよ。その時是非お前さんをと仰有つたんだけれど、昨夜はお前さんも兄さんがおゐでだし、其れにもう時間が時間だつたから、いゝやうに云つて置いたのさ。ところが又今夜お出でになつて是非私からツて仰有るのさ。橫濱の大きな骨董屋さんなんだよ。以前日本橋にお店があつた時分から、葭町でちよい〳〵お目にかゝつたんだよ。此方へ來てからも時々お目にかゝるんだけれど、此方にやまだ誰もお馴染はないらしいんだよ。」
 花助は一足二足と押すやうにいつか廊下の角の丁度空いてゐる座敷へと駒代を誘ひ入れ、どうやら卽座に話をつけてしまはうとするらしい。駒代は何しろ今夜初めて呼ばれたお客の事、さすがによいとも云はれず、さうかと云つて昨夜も昨夜わざ〳〵花助を連出してビステキを食ひながら、何も彼も打明けて賴んだ事があるので、今夜になつてあれはみんな譃だとも云はれず、返事に困《こま》つて立ちすくんだまゝ默つてゐるより仕樣がない。
「駒ちやん、あの方なら萬が一瀨川さんの事がばれたつて、少しも心配する事はないんだよ。役者買をするやうな藝者でなくつちや世話しても面白くないつて、いつでもさう云つておゐでなさる位な、何しろ華美《はで》一|方《ぱう》の方《かた》なんだからね。なまじツかな大臣方や華族さんなんざ足下にも追付きやしない。だからね、私ア打捨《うツちや》つといて、ひよいと外の人に取られちやつまらないと思つてさ、私ア餘計なやうだつたけれども昨夜、實はお前さんの話をしてお賴みしてしまつたんだよ。」
「あら。」と駒代は思はず顏を眞赤にして眼には淚を浮べた。然し空いた座敷は廊下の電燈に薄明く照らされてゐるばかりなので、花助には駒代の顏色も眼の中もよくは見えない。それに一體が早呑込の世話好で麁々ツかしい花助の事、駒代が思はずアラと云つたのは同じ驚いたにしてもそれは意外な好運に驚喜したものと一圖に早合點する方の組なので、この場合駒代がどうやら厭《いや》さうにもぢ〳〵してゐるのは、唯今夜折角兄さんが來てゐる處をその儘他の座敷へ廻るのは何ぼ何でも流石に心持がよくないと云ふ位な事。それは女の身として花助も尤至極と推察はするものゝ、さう云ふ間の惡い廻合せも其れが勤めの是非ない處。その是非ない處を我慢してくれゝばすぐにそれだけの云ふ芽は出るのだからと、何處までも泥水家業の親切氣。それに又花助は自分の口一ツで今夜是が非にでも駒代を取持つてしまへば、待合の仲口《なかぐち》は入らないので、お客がぢかに出す御祝儀が五十圓と相場を踏めば二十圓は自分のもの、百圓とすれば五十圓、こゝ等が面《めん》のよくない取卷藝者のいさゝか息をつく處と、銀行の貯金通帳をいつも肌身放さず持つてゐる女だけに慾心滿々。花助は兎角の返事をきくよりも、いや、そんな事で暇《ひま》をつぶしてゐては却て出來る事も出來なくなる。何でも構はないから切破つまつた是非ないハメにしてさへしまへば、自然に埒は明くものと、さすがに馴れた道は先を見越して、
「それぢや賴んでよ。よくつて。」と花助はそれなり駒代を空いた座敷へ殘して階子段の方へ行つてしまつた早業に、駒代はまアお待ちよと云ふ暇もなく、唯胸のみどき〳〵させながら途法に暮れてしまつたが、いつまでも此の空座敷にぼんやりしてもゐられず、折から丁度廊下に女中らしい足音が聞出した處から詮方なくもとの座敷へ立戾つた。見ると、老妓の房八はとうに居ず、稻香、おぼろ、杵子、萩葉なぞ揃ひも揃つていつの間にか引さがり、居殘つたのは僅に飛丸といふ半玉一人、海坊主のやうな骨董屋の旦那は女中に脊中をあふがせながら、相變らず悠然として大杯を傾けてゐた。

 九 おさらひ

 每年の春秋三日間歌舞伎座で催す新橋藝者の演藝會もいよ〳〵秋期大會の初日となつて番組の第一番目花やかな總踊が今方丁度幕になつた處である。
「あなた、早く來てようござんしたわ。お玉ケ池[#「お玉ケ池」に傍点]はこの次の次ですよ。」と手にした摺物を南巢に渡して、茶碗に茶をつぎかけたのは其の妻と覺しい三十四五の丸髷。その側にはぱつちりした目付のすぐに母娘《おやこ》と知れる十二三の可愛らしいお孃さんに、五十前後の小さな丸髷小紋の羽織に宇治の紋所をつけた出入の師匠と覺しい四人連で場所は正面桟敷の少し東へよつた一升を占めてゐる。
「あら、奧さん、どうも恐入りました。」と宇治の師匠らしい女は茶碗を受取り、「もう十年近くになりませうね。たしか先代の瀨川さんがおやんなすつたんでしたね。あの淨瑠璃で御在ませう。」
「さうですよ。近年はどうした事か、折々時ならない時分に私の書いた碌でもない狂言や淨瑠璃が出るんで實は閉口してゐるんです。何しろ氣まりが惡くていけません。」
「宅ではいつでも御自分のものが出ると御氣嫌が惡いんですよ。その位なら始めからお書きにならなけれアいゝのに…………ほゝゝゝほ。」と丸髷は笑ながらお孃さんのつまめるやうにと大きな羊羹を楊枝でちぎり始める。
「はゝゝゝは。」と南巢は番組の摺物を眺めて唯可笑しさうに笑つた。番組には其の三番目に南巢が舊作なるお玉ケ池由來聞書といふ淨瑠璃名題その下に常磐津連中と踊る藝者の名が三人並べてあつたが、南巢は一向氣にも留めぬらしい樣子で直樣あたりの混雜に眼を移した。劇場は今しも追々おくれ走せに押掛けて來る看客に廊下運動場は勿論東西の花道平土間の間の步《あゆ》みまで出入の人往交ふ人、挨拶し合ふ人々、混雜する上にも混雑する眞最中である。
 倉山南巢は自作の淨瑠璃や狂言の演ぜられるのを看るよりも今は唯芝居の中の混雜や見物人の衣裳髮形の流行なんぞを何の氣もなく打眺めるのを遙に面白いと思つてゐるので、劇場から劇評家として或は作者として招待される事があれば場末の小芝居だらうが本場の檜舞臺だらうが、そんな事には一向頓着せず必ず義理堅く見物に來る。然し十年前のやうにもう力瘤を入れて議論はしない。實際見てゐられぬ程下手だと思ふ藝にも何とか愛嬌をつけて褒めた批評を書かうと勉めるが、折々褒めそこなつては巧《たく》まずして自然の皮肉に陷る事がある。それが知識ある方面の好劇家を深く喜ばせるので、南巢の劇評家たる地位は今日では當人自ら輕じ切つてゐるに係らず意外な方面に却て意外な勢力を保つてゐるとやら。そも〳〵南巢が狂言や淨瑠璃の新作に苦心したのは、十年前熱心に劇場へ出入した頃の事で、其の後年々に時代の趣味の變遷につれ、劇場興行の方法やら俳優の性行藝風やら看客一般の趣味やら、萬事萬端自分の思ふ事とは全く反對してゐる事に氣がつき、世が世なれば是非もない、腹を立てるも馬鹿々々しいからと力めて自分からこの方面の興味には遠ざかるやうにしてしまつたのである。ところが二三年この方どう云ふ世の風潮か、十年前に書いたものが折々年に一二度はきまつて何處かの芝居で興行され始めた。それをば最初は誠に苦味々々《にが〳〵》しい事に思ひ、次にはその反對に世間も漸くそろ〳〵目が明いて來たのかと内心稍得意になり、最後に今の世の中はいゝも惡いも新しいも古いも全く無差別、何が何でもおかまひなしと云ふ風潮から、これも一時のまぐれ當りと思定めて、南巢は唯その舊作の興行に逢へば獨り心の中にその若かりし日の事を思返して悲しいやうな又嬉しいやうな思に耽るばかり。その爲めに誘出されて再び梨園の人たらんとする野心は更に起さないのであつた。南巢は最早や何事にかぎらず活動進取の現實よりも唯惘然たる過去の追憶に何とも云ひやうのない深刻な味を覺ゆるのである。
「おきねさん。」と南巢は連《つれ》なる宇治の師匠を呼び、「あすこの、東の桟敷の二番目にゐるのは荻江のお萬ぢやないか。年を取つたね。」
「あらお萬さんが來てゐますか。奧さん一寸眼鏡を拜借します…………成程々々お萬さんですよ。見ちがへるやうになりましたね。その手前の桟敷にゐなさるのはアレは對月の女將ですね。」
「家の親爺が盛んに呑んだ頃にや、あんなに肥つてやしなかつたが金が出來るとえらいもんだな。まるで相撲だな。」
 見てゐると土地に勢力のある女將の處へはしつきりなしに藝者が四人五人と打連れて挨拶に來る。役者も藝人も幇間も通りかゝりに腰をかゞめる。お遣物の水菓子鮓のたぐひが引かへ取りかへ引きも切らず運ばれる有樣、打眺める南巢の眼には舞臺の演藝よりも遙に面白く見えるのであつた。殊に、今日の見物と云へば平素興行の劇場とは又一種ちがつて、東西の桟敷鶉へずらりと並んでゐるのは新橋を中心にして、新橋への義理で東京中の重立つた茶屋待合の女將や藝者を網羅したと云つてもよい。それに加へて役者に役者のかみさん、音曲諸流の家元師匠の連中から相撲取もゐれば幇間もゐる。さう云ふ仲間から敬い尊ばれてゐる紳士旦那方御前なんぞ云ふ人逹の顏も見える。或はそれと反對に花柳界の寄生蟲とも云ふべきセルの袴や洋服を着た一種の人間もうろ〳〵徘徊してゐる。藝者家の亭主親方女中箱屋もしくは藝者の身寄のものは先づ大抵平土間の末の方に寄集つてゐた。
 南巢はかう云ふ人逹を見るため獨り廊下へ出てぶら〴〵してゐると往交ふ人の中から花やかな聲で、
「先生ようこそ。」と呼びかけられ其の方を見返るとこれは白襟裾模樣髮は鬘下地にした尾花家の駒代であつた。
「お前さんの出し物は何だい。」
「保名です。」
「さうか、何番目だ。」
「まだなか〳〵ですよ。五番目位でせう。」
「いゝ處だな。おそからず早からず、見物が一番氣乗りのする時分だ。」
「あら大變だわ。猶心配になつちまふわ。」
「吳山さんはお逹者か。」
「ありがたう。もうその中參りませうよ。姐さんと一所に出掛けるツてさう云つて居りました。」
 通りかゝる同じ鬘下地の藝者が駒代の姿を見て、「駒代姐さん、さつき御師匠さんがさがしてゐてよ。」
「あらさう、先生それぢや又後ほど。どうぞ御ゆるり。」と云捨てゝ駒代は人込の廊下を小走に馳けて行く折から、舞臺では番組の第二番目が始まると見え拍子木の音が聞えて、廊下の往来は一層《いつそう》烈《はげ》しくなるが中にも、駒代の鬘下地を見付けて摺《す》れちがふ人逹は男も女も振返つて見ないものはない。駒代は氣まりの惡いやうな氣もするし、同時に又何とも云へない得意な心持にもなるのであつた。此春の演藝會の折にはまだ弘めをしてから間もない時ではあり、それに肝腎な費用を出してくれる人がなかつたので駒代は猿廻しを出す藝者の相手にと、師匠から勸められて據處なくお染をつとめたのであつた。ところが非常に評判よくその爲めにお扇子で呼んでくれるお座敷が一時はなか〳〵急しかつたので、駒代はすつかり氣が大くなり、此の秋の大會《たいくわい》には見物をあつと云はせるやうな大物を出さうと意気込《いきご》むやうになつた。それに何より安心なのは今度は萬事の費用を吉岡さんと、それから吉岡さんには内々で新|規《き》に出來た他の旦那とこの兩方から出して貰へることである。そして藝の方にかけては専門の瀨川一糸がついてゐて、舞臺の呼吸を敎へ、演藝の當日には瀨川の弟子が後見につくと云ふので、駒代はもう立派な役者にでもなつたやうな心持。この演藝會で以前にも增して一層の好評を博すれば、いよ〳〵新橋切つて踊りではすぐに駒代さんと星をさゝれ、誰知らぬものなき第一流の名妓になれるは知れた事、さう思《おも》ふとどうぞ首尾よくやれるやうにと、さすが幕の明くまでは心配で心配でならないのである。
 廊下のはづれの出入口からすぐ舞臺の裏へ出て、駒代はいつも芝居のある折には大抵瀨川の部屋に定められてある二階の一室へ急いだ。駒代はこの三日の間瀨川の兄さんの部屋を借り兄《にい》さんの鏡臺で化粧をして、兄さんの使つてゐる男衆や門弟に世話して貰ふ其の心の中の嬉しさ。自分ながら何と云つていゝか分らぬ位である。瀨川の兄さんは今方樂屋口から遊びに來た處と見え、薄セルの外套を脫《ぬ》ぎかけてゐたが、駒代の急しさうに這入《はい》つて來るのを見て、
「何だい。あんなに電話で人をいそがして置いて、お前今來たのか。」
「お氣の毒さま。」と人前はゞからず其の側に坐つて「いま表へ御挨拶に行つてゐたのよ。兄さん、今日《けふ》はほんとにいろ〳〵有難たう。」
「何だい、そら〴〵しく御禮を云ふぢやないか。それアさうと、まだなかなかお前の番ぢや無いだらう。」
「えゝ。」
「表に誰か來てゐるかい。」
「○○さんも□□さんも(役者の本名を云ふと知るべし)みんな居らしつてよ。」
「さうかい。」
「みんなお二人づれよ。」と駒代は何といふ譯もなくつい言葉に力を入れて云つたのを自分ながら心付いて「岡燒したつて始まらないわね。ほゝゝゝほ。」
 その時床山が駒代の鬘を見せに來た。

 十 うづらの隅

 吉岡さんは會社の江田と一所に駒代の保名が出るすこし前に、待合濱崎のおかみと駒代の家の花助と半玉の花子をつれて東の鶉へ見物に來た。實はこの夏の末駒代が身受の相談に乗らなかつた時、吉岡は腹立ちまぎれに手を切らうと思つたが、さて差當つて駒代に代るべき氣に入つた藝者が見當らないので一|圖《づ》に怒《おこ》つて見たものゝ何《ど》うやら其の始末に困《こま》つてゐるのを、斯《か》う云ふ事には馴れ切つた濱崎のおかみがいろ〳〵に詫を入れたので、吉岡は從前通り駒代の世話をしてやる事になつたのである。然し其の後は餘程足が遠くなつた。仕てやるだけのものを仕てやればそれで旦那の顏にかゝはる事はないと云つたやうに、吉岡は十日目位に江田をつれて飮《の》みに來るばかりなので、駒代が瀨川と内所で逢つてゐる事も又別の旦那をこしらへた事も一向に感付かなかつた。長年遊びつゞけた藝者遊びにもすこし疲《つか》れを覺えたと云ふ氣味《きみ》で、吉岡は三春園を引上《ひきあ》げてからは何といふ事もなく無事平凡な日を送つてゐた。會社からすぐ家へ歸つて早く寢る。そして日曜日なぞには奧さんと子供をつれて動物園にでも行くと云つたやうな、至極眞面目な生活をば別に寂しいともつまらないとも或は又樂しいとも面白いとも、何方とも思はず唯ぼんやりとその日その日を送つてゐたのであるが、今日久しぶり歌舞伎座の鶉へ坐つて滿場悉く解語の花ともいふべき場内の光景を見渡すと、吉岡は目の覺めたやうな新しい心持になつて、世にある快樂は一ツ餘さず貪り取らねば氣がすまないと云ふ樣な猛烈な欲求をば再び胸一ぱいに感じ始めた。吉岡は今日文明の社會に於て酒色の肉樂に對する追究は丁度太古草莾の人間が悍馬に跨つて曠野に猛獸を追ひ其の肉を屠つて舌つゞみを打つたやうな、或は戰國時代の武士が華やかな甲冑をつけて互に血を流しあつたやうなものである。凡てこれ悲壯極りなき人間活力の發揮である。この活力は文明の發逹につれ社會組織の結果として今日では富貴と快樂の追求及び事業に對する奮鬪努力と云ふが如き事に變形した。名譽と富と女とこの三ツは現代人の生命の中心である。それをば殊更に卑しみ、或は憎みまた懼れるのは要するに奮鬪の勇氣なき弱者か、さらずば失敗者の曲解である。云はゞ先づこんな風に考へてゐるので、劇場内の光景がいさゝかでも活動の元氣を起させてくれた事を知ると共に、吉岡はまだななかなか年《とし》を取りはせぬ、まだ自分は若くて働けるなと思う處から自然と深い滿足を感ずるのであつた。
 拍子木が鳴つていよ〳〵駒代の踊るべき幕があいた。淸元の太夫が聲を揃へて語《かた》り始める。どこやらでもう手を叩くものがある。お酌が三人自分逹の席へ戾らうと急いで吉岡の坐つてゐる鶉の後を馳過ぎながら、
「保名だわ。ちよいと。」
「駒代姐さんの保名、そりやいゝ事よ。」
「それア當然だわ。瀨川さんがついてゐるんですもの。」
「隨分大變なんだつてね。」
 往來《ゆきゝ》の人のざわ〴〵してゐる中から、不意《ふい》と此の話聲が、どういふはづみか明瞭《はつきり》と吉岡の耳に這入つた。吉岡は覺えず聲のした方へ振返つたが、馳過ぎるお酌逹の後姿は摺れちがふ人の中に只その帶と振袖の模樣とを見せたばかり、何家の誰とも見定める事は出來なかつた。
 然し吉岡にはふいと耳に這入つた最後の一|語《こと》――隨分大變なんだつてね――これだけでもう十分の上にも十分なのである。面と向つて當付がましく言つたのならいざ知らず、先は無邪氣なお酌がしかも通すがりに何の氣もなく、無論自分がこゝにゐるとは知らず、極めて自然に不用意に口走つた噂咄し、それは十分眞實として聽くべき値打がある。八釜しく云へば此れ卽ち天に口なし人を以て言はしめたものである。吉岡はまづ斯う斷定して然る後駒代がその後の樣子をば一つ〳〵出來得るかぎり細密に思返し始めた。それと同時に吉岡は又、いつも一座の江田が自分より先に既にこの事を知つてゐたか、どうか。知ってゐても自分に氣の毒だと思つて默つてゐたのか、どうか。成らう事なら此の事を知つたのは自分の方が始めてゞあつてほしい。さうでないと如何にも自分が甘《あま》く見えて氣がきかないからと吉岡は日頃花柳通を以て大に自認してゐるだけ、周圍に對しては一倍深く耻辱を感じ、また駒代に對しては一倍烈しく憤怒したのである。
 舞臺では右手の淨瑠璃臺の上に居並んだ太夫が聲を揃へて――岩せく水とわが胸にくだけておつる淚にはかたしくそでの片おもひと丁度置淨瑠璃を語り終つた處で、調べ始める皷の音に場内の氣を引き締めていよいよ保名の出《で》。滿場の視線は一齊に向揚幕の方へ注がれる。高い處ではもう手を叩くものがあつた。吉岡は野邊のかげらふ春草を素袍袴にふみしだき狂ひ〳〵てわが前に現れて來る駒代の姿をば、餘りのいま〳〵しさにわざと見まいと廣い天井へ眼を移し、今度はゆる〳〵駒代が落籍の相談を避けた譯合を考へ始めた。考へまいと思つても考へずには居られないのである。今日と云ふ今日まで吉岡には駒代の云ふ事がどうもハツキリ腑に落ちなかつたが、初めて何も彼も明かに解釋がついた。いよ〳〵駒代を捨てべき時が來た。わざと何事も知らぬ顏をして此方も出し拔けに鼻をあかしてやりたいものだ。さりとて今更|舊《もと》の力次へ立戾るのも甚だ氣がきくまい。誰ぞ新橋南北千八百有餘名と數へられたる藝者中駒代がそれと聞いて眞實口惜しがつて泣くやうな女はないか知ら。吉岡は眼のとゞかんかぎり鶉桟敷高土間平土間から、その邊の廊下に立つてゐるものまで藝者らしい姿のものをば一時に見盡さうと思つた。見物は一齊に今しも駒代の保名が本舞臺へ來かゝり戀人をさがす狂亂の振を見詰めてゐる。折から靜に鶉の戶を明けて小聲に、
「どうもおそくなりまして。」と挨拶して入《はい》つて來たのは尾花家の菊千代である。いつも口の惡るい連中から何となく華魁《おいらん》らしい氣のする女だと云はれてゐる厚化粧の菊千代である。
 菊千代は今日の演藝會の第二番目に傀儡師のワキを語つたので、高島田に裾模樣の衣裳は襟のあたりへまで金糸の繍を入れた模樣を見せ、日頃の厚化粧を一層濃くさせてゐたので、鶉の戶のあく音にふと何の氣なく振返つた吉岡の眼には、つと首を伸《のば》した菊千代の顏がぱつと場内の燈火を受け羽子板の押繪のやうに見えた。
 吉岡は菊千代と駒代との間の兎角何かにつけて競爭の氣味合になりたがつて居る事をば思ひ返した。現に今日の演藝會についても、立方《たちかた》の駒代が淸元の保名を出すならば、同じ家の菊千代が藝は淸元と云ふ事になつて居るので、それに地を賴めば無事なのを、駒代はそれでは自然踊が引立たないと思ふ處から、莫大な御禮をも惜しまず本職の男の太夫連中をば瀨川一糸から賴んで貰つた。別に菊千代に歌はれるのがいやだとか、又は菊千代の藝がわるいからだとか云ふ譯ではない、駒代は唯只自分の藝を立派に引立たせ、この踊一番で新橋中へ名を賣弘めたいばかり、兎角の事情を顧みてゐる暇がなかつたのである。然し菊千代に取つては之れ甚面白からぬ次第である。駒代の評判を目の前に見るのは如何にも癪にさはつて成らないと思ふ處から、この保名だけはどうしても見たくないと思ふものゝ、日頃贔負客とお茶屋の前に對してさうもならず、わざわざ駒代の旦那の處へお義理の顏出し、何とか一言位はほめなければならぬ心の中、實に腹も立つ、情なくて泣きたくもなる。
 〽月夜烏にだまされて、いつそ流して居つゞけは、日の出るまでもそれ
  なりに、寢やうとすれど寢られねば、寢ぬを恨みの旅の空――
 踊は正に佳境に進んだ。濱崎のおかみと花助は旦那への御世辞「しつかりした好い藝になつたわねえ。何によらず勉强が肝腎だね。何しろちつとも厭な癖がないんだからね。」と頻にほめたゝへるのを聞くと、菊千代は唯溜息をつくばかり、吉岡はもう無暗に腹が立つて來て、無理遣にもこの菊千代を拉し去つて駒代に鼻をあかしてやりたいと思ふ心は次第に烈しくなる。踊は「葉越しの葉ごしの幕の中」と云ふあたり吉岡は菊千代の手をば何といふ事もなく突《つ》と握《にぎ》つてしまつた。

 十一 菊尾花

 演藝會は三日間大入を取つて目出度く千秋樂になつた其の翌日の事である。新橋の藝者町は年が年中朝早くから家每に聞え出す稽古三味線の音今日ばかりはぱつたり途絕えて、稽古に通ふ女の往來もわけて少い處から、金春通を始め仲通板新道から向側の信樂新道まで祭のあとの町内も同樣何やらひつそりと疲れたやうに見えた。そして時たま忙しさうに步き廻る箱丁《はこや》の姿と顏の賣れた老妓の三四人連立ツて往來《ゆきき》するのが餘所《よそ》目には興行の後片付と云ふよりは新に何か又揉事苦情の起つた知らせのやうに若い藝者達の目を聳《そばだ》たせるのであつた。
 苦情と不平は事ある每に必ず此の仲間のつき物。但し政治家のやうに詭計を廻して紛擾を釀させ之を利用して私腹を肥さうと云ふ程惡賢くないのが、まだしも藝者の議員より品格ある處かも知れぬ。されば此日は朝湯の流場《ながしば》、髮結、家每には抱妓《かゝえ》のごろ〴〵してゐる二階なぞ、およそ女の集る處と云へば互に妬み半分の藝評を中心に有るかぎりの影口、仲口、吿口、そしり口、わけてもこゝに尾花家十吉が二階へと日頃おいらん樣《さん》とか支那金魚とか云はれてゐた菊千代が突然身受になつたといふ噂を傳へたものがある。それは髮結さんから歸つて來たお酌の花子で、昨夜まだ演藝會がはねない中ふいと丸髷に結ひに來た菊千代の口からぢかに聞いた話だと云はれたまゝを、その通り居合はす駒代に傳へたのである。評判は忽火のやうに向三軒兩隣、それからそれへと廣まつて行くと共に、いづれも身受のお客はそも誰と詮議に詮議を凝さうにも、當人の菊千代は、昨夜大方歌舞伎座で地方の役を濟ますとそれなり直に髮結へ廻つて丸髷に結ひ、何處へかしけ込んでしまつたものと見えて家は昨日の午後に出たツきり今だに電話も何もかけて來ぬので箱屋のお定さへ居處を知らぬ始末。「あの人の事だもの、日本人ぢやないよ、異人でなければチヤン〳〵坊主にちがひないよ。」と尾花家の二階では詮議のつかぬ口惜しさ。さう云ふ事に衆議一決して或はお參りに、或は湯に或は髮結に出かけた。
 駒代は皆の出て行つた後《あと》を幸、簞笥の前に坐つて此の三日間歌舞伎座の舞臺に保名を出した費用――先づ踊の師匠と淸元連中への包金から劇場樂屋のもの大道具の幕引への心附、特別に瀨川一糸の門弟連への謝禮なぞ已に拂つたものまだ拂はぬもの又は立替へになつてゐるらしいものなんぞ、凡てつけ落のないやうに調べて一先づやつとの事で〆高六百何十圓と云ふものをよせ終り帳面を眺めてぼんやり煙草を一服してゐたが、急に何か思出したやうに帳面をば用簞笥の抽斗《ひきだし》へ收めて待合の濱崎へ、おかみさんがおゐでなら此れから鳥渡お禮かた〴〵伺ひますからと電話をかけ女中に風月堂の商品切手を買はせた。
 駒代は一昨々夜演藝會の初日の晩、いつもならば濱崎へお寄りになるべき筈の吉岡さんが、自分の出し物の濟むかすまぬ中に急用とやらでお歸りになつてしまつた其の事について、何か譯があるのでは無いかと、駒代は瀨川との關係から何かにつけて疵もつ足。その時から頻に心配してゐながら、然しその夜は吉岡がゐなければ結局瀨川とゆつくり出逢つて、舞臺の出來のよしあしをきゝ、直すべき處はそのやうに手を取つて敎へて貰へる嬉しさに、濱崎へはとう〳〵電話もかけずにしまつた始末。二日目は對月のお客橫濱の骨董屋の旦那で全つぶれ、昨夜三日目の晩は突然思ひもかけない杉島さんと云ふ大連のお客――此の春弘めの當時頻に口說くのを無理に振つてしまつた其の人に呼ばれ、矢張體のいゝ事を云つて逃げるのに骨が折れた爲め今日まで心ならずのび〳〵になつてゐたのである。
 濱崎の女將は其の夜吉岡さんは別に怒つた御樣子もなく、江田さんに何かお話しなすつて先へお歸りになつた、全く何か急な御用があつたらしい。江田さんはそれからお前さんも知つての通り後一幕見て獨りでお歸りになつたと云ふ。駒代はまア〳〵よかつたと窃に胸を撫ぜ〳〵歸つて來て、用簞笥の上に安置したお稻荷樣へ途中で買つた金つばを二ツ供へて一心にその御利益を念じた。
 その夜は無事お座敷に行つて歸つて來たが、いつものやうに菊千代は泊込みと見えて姿を見せなかつた。その翌日になつても皆がそろ〳〵夕化粧にかゝる時分まで、まだどこからも居處を知らして來ないと云ふので、箱屋のお定は萬が一の事でもありはしないかと心配し出す。身受の話はどうやら逃亡か自由廢業の風說に變じかけて來た。尤もこれまでも度々菊千代はお座敷からいきなり家へは何とも斷らずにお客のいふまゝ箱根伊香保はおろか、京都まで行つてしまつた事さへある位なので、姐さんの十吉は案外驚かず唯菊千代のだらしが無さ加減、他のものゝ手前もあればどうにか爲なければ仕樣がないと愚痴をこぼすばかり。身受がきいて呆れると云つてゐる處へ、ふらりと菊千代は根の拔け切つた大丸髷崩れ放題こわれ放題、眞赤な手柄がよくまだ落ちずにゐると思はれるのを平氣でぐら〳〵させながら、顏は日頃厚化粧の白粉ところ斑《まだら》にはげ落ちて、それなり湯にも這入らぬらしい襟頸薄黑く油ぢみたのも一向に構はず、今起きたと云はぬばかりだらしもない着物の着やう、足袋には赤土のついてるのも其の儘なのに、流石人のいゝ十吉も困《こま》つたものだ、中年者は藝人ばかりではない藝者も矢張り半玉から仕込まなければ到底人前へは出されないとつく〴〵呆きれて小言も出ぬ始末を、此方は一向に感ぜぬらしく、何やら得々とした樣子、仔細あり氣に、
「姐さん、鳥渡お話があるんですよ。」
 さては身受の噂は滿更の譃でもないのかと、十吉は早くも推察して二度びつくり。しげ〴〵と菊千代の顏を見直しながら人のゐない奧の間へと立つた。
 小半時して菊千代は丸髷ぐら〴〵前さがりの裾だらしなく、然《しか》も大手を振つて二階へ上つて來ると、みんなはそれ〴〵お座敷への仕度最中、菊千代はいかにも疲《くたぶ》れたやうに二階の眞中へ足を投出して坐りながら獨言のやうに、
「私も最《も》う今夜きりだわ。」
「姐《ねえ》さん、お目出度いんですつてね。」と半玉が先に聞き初めた。
「えゝ。おかげ樣で。」と誰に云ふのやら分らぬ挨拶。「花ちやん。家がきまつたら遊びにおゐでよ。」
 さすが傍《はた》のものも默《だま》つてはゐられなくなつて、
「菊《きイ》ちやん、お前さんほんとうにまアよかつたねえ。引《ひ》くのかい。それとも自前かい…………。」と花助がきゝ始めた。
「引いたつて、つまらないから自前でやるつもりなのよ。」
「あゝそれがいゝよ。勝手づとめで出てゐる位面白い事はないからね。」と駒代も云ひ添へた。
「菊《きイ》ちやん、これは…………。」と花助は親指を見せながら、「O《オー》さんぢやない事…………?」
 菊千代はうゝむと駄々兒のやうに頸を振りながら唯だ笑つてゐるので今度は駒代が、
「それぢや矢《ヤ》アさんかい。」
 菊千代はやはり笑つてゐる。
「誰だよ。菊ちやん。朋輩のよしみぢやないか。敎へたつていゝぢやないか。」
「だつて氣まりがわるいからさ。ほゝゝゝほ。」
「どうも、御尋常でゐらつしやいますからね。」
「だつて、みんなの知つてる人なんですもの。隨分箒屋さんだからさ今にすぐ知れるわよ。」
 出先の茶屋からそろ〳〵御催促の電話に急《せ》き立《た》てられて、駒代はそれなり出て行つた。さすが此度の演藝會に物費を惜しまず保名を出した効目《きゝめ》は空しからず駒代が藝者の控所とも云ふべき箱部屋へ這入ると、居合す藝者衆一同からいづれも、駒ちやん結構だつたね、大したもんだねとの評判。さて宴會は十五六人のお客に藝者は老若大小二十人ばかり、餘興に駒代は浦島を踊つて喝采され、更にお客がたつての所望で又一番。汐酌を踊つて程なく後からかゝつた座敷へ廻つた。
 茶屋は濱崎、客は吉岡である。吉岡は鳥渡|他《ほか》から聞いた話だが、お前の家の菊千代が自前になるとやら、私《わし》も何か祝ふからお前も祝つてやるがよいと云つて、駒代が辭退するのを無理遣りに十圓渡して其夜は近頃會社が非常にいそがしいのだからと、酒も深くは呑まず一時間ばかりでお立《たち》になつた。
 然し駒代は兎に角に吉岡さんが見えたのでお茶屋への手前もよく此れで演藝會初日の夜の心配もなくなり、快く菊千代への祝物もすました。菊千代は板新道に頃合の空家を見つけて菊尾花と云ふ分看板を出した。そして今まで結つけの同じ髮結さんへ來て時折駒代に逢へば別に以前と變つた樣子もなく相變らず取り留のない事を言つてゐるので、駒代は其後しばらくの間菊千代を身受した旦那が誰あらう自分の旦那の吉岡さんであらうとは全く氣がつかずにゐたのであつた。
 一ツ小袖の陽氣はいつか過ぎた。花月が膳には初茸しめぢの香も早や尊からず松茸は松本が椀にも惜氣なく煮込まれ、一トしきり、日比谷公園に人足牽きつけた菊の花もいつの間にやら跡方なく、あたりの落葉|砂埃《すなほこり》にまぢつて舊の廣々した砂利場をば球投の學生と共に駈《かけ》ずり廻る頃となつた。議會が開けて新橋の茶屋々々にはいつもの顏に加へて更に田舎臭い顏やぢゞむさい髯面《ひげづら》が現はれ、引續く丸の内の會社々々の總會に、從つて重役連の宴會も每夜に及べば、まだかと思つた半玉の突然一本になつた噂の種もおのづと增《ふ》える。銀座通には柳の葉|黃《きば》みながらまだ散盡さぬに商店の飾付がらりと變つて赤い旗や靑い旗そこ等中|何處《どこ》といふ事なく日にまし目につき出すと、もう金切聲で叫ぶやうな樂隊の響が覺えず振返る人の步みを急《せわ》しくさせる。號外々々の聲。何かと思へば相撲の苦情が翌日から新聞の紙面を賑しはじめるのである。藝者はそろ〳〵春の仕度の胸算用、お客の見る前も憚らず帶の間から手帳を取出して一度も削つた事のない古鉛筆の丸くなつた先をなめ〳〵手廻しよく春の座敷の日割を書き込む。
 駒代はこの時分になつて始めて吉岡さんが其の後ぱつたりお出にならないが、どうなすつたのかと急に氣をもみ出したのである。丁度折から吉岡さんの切廻してゐる保險會社の宴會があつて、每年きまつて呼ばれる藝者は大抵其の夜も呼ばれてゐたのに駒代だけには何とも沙汰がなかつた事を其の翌日聞き知つてさてはと一方ならず胸を惱したがもう何とも仕樣がない。
 瀨川の兄《にい》さんは新橋の演藝會がすんでから一週間ほどして水戶から仙臺へといつも一座の立役、團藏張りの凄味と皺枯聲を人氣にしてゐる市山重藏に、もとどん帳役者だけに男女老若何でもやつてのける重寶な笠屋露十郞なぞと旅興行に出かけ歸りはぐつと押詰つてからの事にならう。駒代は瀨川に旅立たれてから俄に心淋しくなつて、今までは忘れるともなく忘れてゐた吉岡の事を始め何から何まで打捨てたまゝになつてゐた商賣の事をばゆつくり思返す暇が出來てきたのである。
 對月で花助が無理に取持つた彼《か》の海坊主のやうな骨董商名からして潮門堂の主人は相變らず五日目十日目位に遊びに來る。駒代はもと〳〵花助の手前止むを得ず往生した事とて、其後逃げそこなつてつい二度目三度目となれば、いよ〳〵かの菊千代さんなら知らぬ事、外の藝者では到底辛棒するものはあるまいと思れる始末に、駒代はもう此度こそは、あの位手嚴しく振付れば何程《なんぼ》人のいゝお客でも二度と來はせまいと思切つた仕打度々に及んだのであるが、海坊主は泰然自若いつもニヤ〳〵してゐるばかり。來れば必ず駒代を中心に顏の賣れた藝者大勢呼集め、殊に演藝會の折にはいやでも新橋中こぞつて駒代の評判をしなければならぬやうに土地の老妓を呼集めてよろしく賴むぜと云つたやうなソツのない仕方。瀨川の事は何も彼も打明けぬ先から承知して引幕さへ贈る始末。この客一人あればまこと千人にもまさつて賴母しいだけ、辛さ厭さも並大抵のお客の千百倍。駒代はいつももう今度ぎり、ふる〳〵いやと身顫しながら咽喉元過ぐれば、ついまた稼業の慾、我れとわが身の淺間しさに獨口惜淚をこぼすより仕樣がない。
 この口惜し淚――女が齒を喰縛りながら何とも出來ぬ見じめな樣を見るのが潮門堂の主人の面白くてならぬ處なのである。海坊主は自分から色の眞黑なのをよく承知して若い時から女には萬事|强面《こはもて》で通して來た。橫濱には世話をしてゐる待合もあり藝者家もある位なので別に女に不自由する事はない。然し多年遊びつけた習慣で、東京へ出て來る時と云へば何處かの茶屋へ立寄らねば氣がすまぬのである。立寄つた處で女に喜ばれないのは承知の上なので、海坊主はいつともなく女をいやがらせたり困らせたりいぢめたりする事を遊びとするやうになつた。いやがる女を無理やり手込めにするのが面白くつてならないと云ふ厄介な品物となつた。海坊主は茶屋の女將に、誰か相應の女で役者に入れ上げて金がほしくてならないとか、借金で首がまはらないとか云ふものは居ないかといつも物色するのである。
 されば駒代が一方に瀨川と云ふ色のあるかぎりこの海坊主を振り切りたいにも振切り兼ねてゐるらしい樣子、海坊主には又とないお誂ひ向の藝者である。海坊主は十二月の聲をきくと、誰しも道に落ちた金でもあらばと血眼になる時節柄と思へば、時分はよしとのそり〳〵對月へ出かけて駒代をかけた。冬の日は短いながらまだ暮れきらぬ。駒代は出入の小間物屋へと板新道を拔けて行く折から圖らず電燈に菊尾花とかいた家を見て自前になつてからついまだ一度も尋ねなかつたと思付き、門口から聲をかけた。内からはお上んなさいよと云ふのを、玉仙まで買物に行くから歸りに寄らうよと、その儘步いて行く向から一挺の幌車、すれちがひに幌の間からチラと見えた橫顏はまさしく吉岡さんらしいのに駒代は振返つて佇む間もなく、車は菊尾花の門口に止つて幌の中から降りる洋服のヅボンの色には見覺えがある。をかしいなと思ひながら、さすがに、まさかに、さうとも疑ひかね、駒代は兎に角樣子を窺ふにしくはないと、おそる〳〵門口へ立戾る途端、使か買物か十四五の女中らしい小娘格子戶がらりと明けて出るのを幸ひ、呼止めて、
「お客樣なの。」
「えゝ。」
「あの方姐さんの旦那…………。」
「えゝ。」
「それぢや又來るわ。姐さんによろしく…………。」
「えゝ。」
小婢《こおんな》は二三間先の酒屋の店口、「お酒五合――いつもの一番いゝのよ。」と云ふ金切聲は殆ど氣も顚倒した駒代の耳にもよく聞えた。
 駒代は家へ歸つたがあまりの事に淚も出ない。今日が今日まで知らねばこそ、のめ〳〵と門口を通つたついでに聲もかけた。内では今頃さぞ馬鹿な奴だと腹をかゝえて笑つてゐるだらうと思ふと、實にもう何とも云ひ樣のない心持になつた。
 丁度箱屋のお定が對月からお座敷だと知らせたが、對月と云へばお客はどうぜ海坊主と思へばまた更に腹が立つ。駒代は心持が惡いから今夜は自分で仕舞つて休むからと、その儘二階へ上つたが、三十分程すると何かまた思返したらしく、箱屋を呼んでお座敷へ出て行つた。
 やがて間もなく燈火がつく時分、駒代は電話口へ花助を呼出した。「私、これから水戶まで行つて來るわ。お定さんにも姐さんにも何とかいゝやうに云つて置いて…………ね、お願いだから、たのんでよ。」とその儘切つてしまいさうなのに花助はあわてながら、
「まア駒ちやん、お前さん、今どこにゐるんだよ、對月さんかい。」
「いゝえ、對月さんは一寸顏を出して宜春さんにゐるのよ。身體の事は宜春さんのおかみさんにお話したのよ。だけれども私から家へ電話をかけてさう云ふと面倒だからさ。明日か明後日の中には歸つて來るわよ。鳥渡兄さんに逢つて話したい事が出來たんだから。よくつて、後生だから、たのんでよ。」
 駒代は何と云ふ譯もなく唯無暗に兄さんの顏が見たくなつたのである。この口惜しさ無念さ――腹の中が煑くり返つてしまひさうなのに、誰一人たよるものもない、云慰めてくれるものもない悲しさ心細さ。駒代は瀨川一糸が水戶の興行先へと前後の思慮なく駈けつける氣になつたのである。

 十二 小夜時雨

 鶺鴒や藪鶯の來る頃にも植込のかげには縞の股引はいた藪蚊の潛むかはり、池の水をば書齋の窓ぎはへと小流のやうに引入れる風流も何の譯はなく、眞菰花さく夏の夕は簾に雨なす螢を眺め、秋は机の頰杖に葦の葉のそよぐ響居ながらにして水鄉のさびしさを知る根岸の閑居。主人倉山南巢は早くも初老の年を越えてより朝夕眺暮らす庭中の草木にも唯呆るゝは月日のたつ事の早さである。
 夕立は珠を轉ばす蓮の葉忽ち破るゝと見れば耳立つ風の響葦を戰がせて、葉雞頭より菊の秋、時雨に楓散盡せば早や冬至梅の蕾數へる年の暮。老樹をいたはる寒肥料《かんごゑ》に鼻を蔽ふかはり、大寒の頃は南天藪柑子の實雪中に花より美しく、夜半煎茶煑つめて冬籠樂しむ書棚の上水仙福壽草の花いつか凋めば早くも彼岸となつてまづ菊の根分、草の種蒔、庭好む人の一日はわけても暮れやすく、百花の開落《くわいらく》送迎《おくりむか》へていそがしき眼《まなこ》しばし新樹の梢に休ますれば軈て雨降る每に庭暗く、梅の實熟して落初める朝は夜合《ねぶ》の葉眠る夕となり、柘榴の花燃え凌霄の花地に落る炎天の日盛も、夜ふけては露結ぶ水草のかげに早くも一筋二筋絲のやうなる蟲の聲。
 春夏秋冬はまことに俳諧の歳時記一息に讀み下すに異ならず、今年もまた去年の藪鶯いつか植込の奧に笹啼きわたり、池のみぎはに見馴れし鶺鴒の長き尾振り步く頃となつた。南巢は風俗人情日に變り行く世の中なるをこれは每年々々時節をたがへず我が家の庭に訪れ來る小鳥のなつかしさ。そこらの枯枝伐除く花鋏の響にさへ心しつゝ植込の間をくゞりくゞりいつか隣と地境の垣根際へ出る。見ればところ〴〵烏瓜の下つた建仁寺垣の破れ目から隣の庭は一面に日のあたつた明さに、泉水をひかへた母家《おもや》の緣先までもよく見通されるのであつた。
 南巢はこの地境へ步み來《き》て隣の家をば植込越しに垣間見する時、母屋のつくり、柴折門、池にのぞんだ松の枝振、人情本の繪に見る通りの有樣にいつも心を奪はれしたゝか藪蚊に頰をさゝれ始めて我に返るを常とする。隣は元吉原妓樓の寮で今は久しく空家になつてゐるのであるが、南巢の家は三代程前から引つゞき此方の古家に住んでゐる事とて、主人は自然に子供の折から年寄つた人逹の話や何かを聞き傳へ近隣一帶の事情には精通してゐる。現に南巢はまだ母のふところに抱かれてゐた時分であつた。御維新前から引つゞいた隣の寮で或年大雪の晩久しく出養生してゐた華魁が死んだ事をば子供ながら聞き知つて何となく悲しい氣がした事をばよく覺えてゐる。されば今も猶一株の松の老木、古池のほとりから緣先近くまで見事に枝をのばしてゐるのを見ると、南巢は幾歲になつても浦里や三千歲の淨瑠璃をば單に作者の綴つた狂言綺語だと云ひ捨てゝしまう氣にはなれない。また世の風俗人情がいかほど西洋らしく變つて來ても、短夜にきく鐘の聲、秋の夜に見る銀河の流れ風土固有の天然草木に變りなき間は男女が義理人情の底には今も猶淨瑠璃できくやうな昔のまゝなる哀愁があらねばならぬと思つてゐる。南巢はかゝる性情と併せて其境遇からもおのづと將來文墨の人たるべく生れて來たのであつた。曾祖父は醫を業とした傍國學に通じ、祖父もまた同じく醫の業をついだ傍ら狂歌師として其の名を知られた。で父の秀庵が家督をついだ頃には既に多少の恒產もあり三代もつゞいた醫者として世が世ならば家門いよ〳〵榮えべき筈のところ、維新となつて漢法醫はすつかり廢《すた》つてしまつた處から、父は自然々々に醫者をよすともなく止してしまつて、日頃道樂に習ひ覺えた篆刻をばいつともなく專門の業とするやうになり、其名の秀庵を秀齋と改めた。秀齋は又詩を賦し書にも拙くなかつた處から、次第に朝野の紳士と交遊し一時東都の翰墨場裏に其名を知られたのである。それやこれやで、醫者をしてゐる時よりも案外に收入が多く、別に蓄財の道を講ずるといふ程の苦心もなく、いつか子孫をして長く世路の艱難を知らしめざる程の財產をつくつて幸福に世を去つた。其の時南巢は丁度二十五歲で旣に馬琴風の小說一二篇を新聞に投書してゐた。父なき後は其の知古中に新聞社の社長や主筆になつてゐるものも尠くなかつたので以來南巢は操觚の人となつたのである。然し南巢は紅葉眉山等硯友社の一派にもさしたる關係なく、又透谷秋骨孤蝶等の新文學も知らず、逍遙不倒等前期の早稻田派とも全く交遊する機會なく、唯先祖代々住み古した根岸の家の土藏にしまつてある和漢の書籍と江戶時代の随筆雜著の類から獨り感興を得て、或時は近松、或時は西鶴、或時は京傳三馬の形式に傚ひ、飽まで戲作者たる傳來の卑下した精神の下に、丁寧沈着に飽く事なく二十幾年物語の筆を把つて來たのであつた。然し時勢はいよ〳〵變じて、殊に大正改元以來、文學繪畫の傾向演劇俗曲の趨勢は日常一般の風俗と共に生來あまり物に熱中せぬ南巢をも流石に憤慨せしむべき事が多くなつて來たので、彼は始めてこれでは成らぬと氣がついたらしく、婦女童幼を悅ばす續物の執筆に一生を終へゞきではない、丁度晩年の京傳や種彦のなしたやうに、舊時の風俗容儀什器の考證硏究に心を傾け、小說の戲作は新聞社と書肆に對する從來の關係上唯その責任をすますだけの事にしてしまつた。
 かくて今、南巢の身に取つて根岸の古家と古庭は何物にも換へがたい寶物となつた。近隣は追々に開けて吳竹の根岸らしい趣は全くなくなるにつけ、南巢はわが家の既に處々蟲の喰つた緣側も、こゝには天明の昔、曾祖父が池邊の梅花を眺めて國風を吟じ、繼いで祖父は傾きかゝつたこの土庇にさす仲秋の月を見て狂歌を咏じたかと思へば、たとへ如何程無駄な經費を要しても、又いか程住ひにくいにしても此の古家と古庭とは昔のまゝに保存して置きたい心持になる。出入の大工は折々の雨漏其の他の修繕に來る度、いつそお建て替へになつた方が長い中にはお德になりますと云ふのであるが、南巢は唯笑ふのみで三年程前に土臺《どだい》の根つぎをした時も殆ど自分が大工になつたやうに目を放さず監督したのであつた。されば庭中の一木一草も皆これ祖先の詩興を動した形見とて、土藏の中の書籍什器調度の類と同じく尊い寶物として、植木屋の心なき鋏に切り折られる事を恐れて主人自ら春秋の手入を怠らないのである。
 かくの如き愛惜の情は獨り我家のみならず、垣を越えて隣の庭にまで及ぼしてゐるのである。隣りは吉原の妓樓が潰れた後久しく空家になつたまゝ誰も買手が無かつた。すると誰が云出すともなくこゝで死んだ華魁が雪女郞になつて化けて出るとか、或は狐狸がわるさをするとか色々の風說が立つていよ〳〵買手がつかなくなる。然し昔から隣合になつた倉山の家では女子供を初として誰も不思議がるものはない。南巢の父秀齋老人は月のよい晩なぞ、我が家の庭を步み盡して、垣根の破れから構はず隣の空庭に入込み池の廻りを徘徊しながら、少時不識月。呼作白玉盤。又疑瑤臺鏡。飛在白雲端。なぞと大きな聲で詩を吟ずる。依賴された篆刻の催促を受け返事に困るやうな時には、父はいつもそつと我家を拔出して隣の庭へ隱れてしまふ。すると取次の女中や細君が挨拶に困つて家中をさがした末、これもいつか隣りへと入り込む始末。父は遂に池のほとりなる松の大木をばあの儘長く手入せずに捨てゝ置いては折角の枝振も大《だい》なしになつて、此末誰が買取るにしても勿體ないと自分の庭へ植木屋の來る時、仕事のついでに其の古葉をふるはせるやら、又|暴風雨《あらし》で柴折門が倒れかゝつたのを、あれは今時の職人にはいかほど金を出しても出來ぬ仕事だと、捨て置くに忍びず、内所《ないしよ》で修繕をしたりしてゐたが、やがて座敷の雨戶を明けて内へ上り込み、昔華魁がこゝで病を養ひ文をかき香を焚いてゐたかと思へば氣のせいか寂しい中に何となく艷しい心持のする家造《やづく》りだと、獨で悅び我家から酒など運ばせて獨酌する事さへ度々で、買手のない妓樓の寮はまるで秀齋翁の別莊も同樣の有樣になつてしまつた。然し化物屋敷だといふ風說は相變らず傳へられてゐたが、倉山の家へ出入するものは主人に導かれて一度ならず隣の空家へ連れられて行く處から、いつか馴れて怪まず、兎角する中にさう云ふ來客の中から是非にと望む買手さへ現はれるやうになつた。それは瀨川菊如といふ歌舞伎役者であつた。卽ち今の瀨川一糸の養父で、鐵筆の大家なる倉山秀齋先生とも交遊のあつた程故、役者に似氣なく文筆の嗜み淺からず、妓樓の寮を住居として家業の憂さを歌俳諧さては茶の湯の風流に慰め、長閑にその晩年を送盡した。菊如の歿後、後添ひの妻は年も大分ちがつてゐたので、出端のいゝ下町に住ひたいと云つて一周忌をすましてから軈て築地へ引越した。寮はこゝに再び元の空家になつたが、然し瀨川の家では別に賣拂ふ譯でもなく植木屋一人を番人にして春や秋折々遊びに來る別莊にしてゐた。
 南巢の父秀齋は菊如の歿する數年前既に亡き人の數に入つたのであるが、隣家との交際は南巢の代になつて更に親密の度を加へた。南巢は夙に劇評家としても其の名を知られてゐたので、菊如なき後其の養子一糸は每日のやうに南巢の家に遊びに來る。南巢もその頃は内々劇壇に野心があつたので大に之を歡迎したのであつた。
 然し養母が築地へ引移つてから二人の交際は次第に疎くなつた。一糸は道が遠いので亡父の舊邸へ來る事も殆ど稀に、又南巢は年々文學演劇の興味に乏しくなつて、朝夕隣の古庭を垣間見するのも獨り窃に昔なつかしい思ひに耽らうが爲で、今は別に若手の役者に逢つて話をしたいと云ふ氣も出なくなつた。
 さうかうする中住む人なき隣の庭は年と共にます〳〵森閑として落葉のみ堆高《うづたか》く、夏秋の刈込時になつてもついぞ鋏の音のした事なく、秋は百舌鳥冬は鴇の聲のみ氣たゝましく聞えるばかり、丁度南巢が子供の折恐る〳〵父の後について步いて見た時と全く變りがないやうになつた。南巢は怠らず我が家の庭の手入をしながら朝な夕なこの樣《さま》を垣間見《かいまみ》て、大方《おほかた》瀨川の家では養母を始め當主の一糸も妓樓の古い寮なんぞには何の興味も持たぬ處から、立ち腐され同樣に買手のつき次第賣拂ふ氣に相違ないと想像した。
 南巢は劇壇の野心を全く去つてしまつたものゝ猶新聞社との關係から時折劇評だけは書かなければならないので、たま〳〵一糸の出てゐる芝居へ行當る時、樂屋の部屋をたづねて久振咄もしたい、それとなく隣の寮の處分をも聞いて見たい。折好くば一步進んで、同じ人出に渡すとしても、成らう事なら幾分か物の分つた人に賣拂ふがよい。兎に角あの古庭の松、あの柴折門は父が生前そつと人知れず手入れまでした位のものだからと、懇意づくに忠吿もしてやりたいと思ふのであつたが、又考直していやいやそんな餘計な差出口をしたとて何の役に立たう。近頃は歷とした華族方でも、仙臺の伊逹樣を始め、さして困りもせぬのに御家代々の寶物を惜し氣もなく賣飛して、お金にする事が流行る世の中だからと其のまゝ默して、唯朝夕の垣間見にのみ、今日は新しい買手が來はせまいか、明日は池の松が取拂はれはせまいかと心を惱しながら月日を過してゐるのであつた。
 窓の外なる枯荷《かれはす》にばら〴〵ツと音する夜の雨。南巢は取りちらした書物を片づけ机のまはりの紙きれを始末してもう寢やうかと銀のべの長煙管に煙草一服する折から、雨の響に何心もなく耳傾くる途端、ついぞ聞いた事のない三味線の音《ね》の聞えるらしいのに、更に耳をそばだてた。
 近處に三味線の音は元より珍しいと云ふではない。南巢が不審に思つたのは三味線の曲である。仇つぽい女の聲で薗八節らしいものを語つてゐたからである。聲曲の嗜ある南巢は丸窓の戶を明けて見て更に驚いた。今まで空家だとのみ思込んでゐた隣の寮に灯影が見え、哀れ深い薗八の一段鳥部山はそこから時雨そぼ降る庭越しに分けてもしめやかな音〆を聞かせてゐるのであつた。
 あまりの不思議に南巢はこの時ばかりは眞實隣の屋敷には幽靈が出るのかも知れぬといふやうな心持になつた。淸元か長唄ならば如何に寂しい時雨の夜でもさういふ氣のする氣遣はないのであるが、淨瑠璃の中でも一番陰氣な哀ツぽい聲調で夢か現《うつゝ》のやうに心中物のみ語つて聞かせる薗八節。どうしてもあの寮で死んだ遊女の亡靈が浮ばれぬまゝに今宵時雨の夜深《よふけ》娑婆の恨を人知れず訴へるものとしか思はれない。
「あなた。お茶がはいりました。」と靜に書齋の襖を明ける妻の聲に南巢は振返つて突如《だしぬけ》に、
「お千代。成程怪しいな。」
「何です。」
「いよ〳〵幽靈だよ…………。」
「いやですよ。あなた。」
「お聞きよ。そら、お隣りの空屋敷で薗八を語つてゐるぢやないか。」
 妻のお千代は俄に安心した顏付、「いけませんよ。もうおどかしても駄目で御座います。あなたよりも私の方がよく知つてゐるんですから。」
 南巢は日頃臆病なお千代が忽ちいつもと違つた平氣な樣子に合點が行かず、「お前、知つてゐるのか。あの幽靈を。」
「知つてますとも。あなた、まだ御覽なさらないの。」
「まだ見ない。」
「さうねえ。二十四五位でせうか。若く見えるけれどもつと取つてゐるかも知れません。下ぶくれの色の淺黑い、あなたなんぞが御覽になつたらきつとお褒《ほ》めになりますよ。それア仇ツぽい意氣な年增です。」云ひながら耳を傾けて、「聲も錆《さび》のあるいゝ聲ですわねえ。彈語《ひきがた》りでせうか。」
 お千代は全くの素人《しろうと》であるが、然し薗八河東一中萩江節のやうなものに掛けてはなまなかの藝者よりもずつとしつかりしてゐる。それは一時非常に豪奢な暮しをした文人畫の大家何某先生の家に生れ小さい時から畫家文人役者藝人衆との應接に馴らされてゐたので、倉山の家にとついでからもうかれこれ二十年に近く、子供も二人あつて年は三十五といふのに銀杏返に結つて買物にでも行く折には今だに時々藝者に見ちがへられる。氣性もそのやうに若々しく物に頓着しない極《ご》く鷹揚な處が、夫南巢の極内氣な性質と相反して却てそれが琴瑟相和する所以となつてゐる。
「お千代、お前どうして、そんなに委しい事を知つてゐるんだい。窺《のぞ》きに行つたのか。」
「いゝえ。ちやんと知つてゐる譯がありますの。たゞぢや敎へません。」と笑つたが、やがて座をすゝめて、今日の夕方表へ買物に行つた歸りがけ、後《うしろ》から馳けて來た二臺の車がふと隣の門前で梶棒を卸したので、不思議な事もあるものだと何心なく立止つて振返ると、やがて幌の中から瀨川一糸とつゞいて藝者風の意氣な年增の下りるのを見た。「一番ようござんすわ。内所《ないしよ》で別莊へ連れて來れば誰にも知れなくつて…………ほゝゝほ。」
「さうさ。うまい事を考へたな。濱村屋もこの頃は大變な人氣だつて云ふからね。はゝゝゝゝは。」
「藝者衆でせうか、それとも何處《どこ》かのお妾さんでせうか。」
「大分小降りになつたやうだ。雪洞をつけてくれ。一ツのぞいて來やう。」
「まア、御苦勞ですねえ。」と云つたが、お千代は直樣立つて緣側の押入から雪洞を取出して灯をつけた。
「子供はもう寢たらうな。」
「えゝ、とうに臥《ふ》せりました。」
「さうか。ぢやお前も一所に來ないか。提灯持は先だよ。」
「あなた、好鹽梅《いゝあんばい》に止《や》んでますよ。」と庭下駄はいて先づ沓脫石《くつぬぎ》の上に下《お》り立つたお千代は、雪洞持つ片手を差翳《さしかざ》して足下を照しながら、「何だか芝居のお腰元見たやうですね。ほゝゝほ。」
「燈火《あかり》をつけて夜庭へ出るのは何となくいゝものさ。差詰め私《わし》の役は源氏十二段の御曹子とでも云ふ處だな。しかし、夫婦揃つて隣の垣間見と來ちやア、とんだ岡燒沙汰だ。はゝゝゝゝは。」
「聞えますよ。そんな大きな聲でお笑ひなすつちや。」
「かわいさうに、まだ蟋蟀が大分死なずに鳴いてゐるな。お千代、そつちは通れない。柘榴《ざくろ》の下はいつでも水溜りだ。そつちの百日紅の下を拔けるがいゝ。」
 二人は飛石づたひに軈て植込の中へ潛《くゞ》り入つた。お千代は雪洞の光を片袖に蔽ひかくして息をこらしたが、薗八の一段がふと途絕えた後は唯だ緣側の障子に薄く灯影の殘るばかり、寮は寂々として話聲も笑聲も何にも聞えないのであつた。
 然し翌る朝。雨後の空一段鮮に晴れ渡つて濕《しめ》つた土と苔の生えた鱗葺の軒からは盛に蒸發氣《ゆげ》の立昇る小春日和、南巢は梅の根本や立石の裾に支那水仙の球を植ゑてゐたその姿をば、今度は向から垣間見《かいまみ》て、垣根越しに瀨川一糸が、
「先生々々。相變らずお丹精ですね。」と呼びかけた。南巢は土まみれの手に冠つてゐた古帽子を取りながら、聲する方に進み、
「さつぱり掛けちがつてお目にかゝりませんでしたな。いつから此方《こつち》にお居でなんです。ちつとも知りませんでした。」
「いえ、昨日から一寸遊びがてら宿りに來たんで、まだ御挨拶にも伺ひません。」
「久振り、おはなしに入《い》らつしやい。家内もしよつちうお噂をしてゐます。お構ひ申しませんからお二人連れで、…………。」と南巢は少し聲をひそめ、
「實は昨夜しみ〴〵身につまされました。いゝ音〆でしたな。」
「聞えましたか。それぢやもう神妙に申上げてしまひませう。」
「是非拜見したいね。」
 其の時緣側の方で、「兄《にい》さん、何處《どこ》にゐるの。」と呼ぶ聲がした。
「先生後でゆつくりお話《はなし》しませう。實はちつと御意見も伺つて見たい事があるんですよ。」と瀨川はそのまゝ垣根際を離れて、「何だい。こゝにゐるよ。」と云ひながら聲する方へ步いて行つた。

 十三 歸りみち

 翌《あく》る日《ひ》一日置いて其の次の日、大方薗八を彈いた女が歸つた後と覺しく、瀨川は一人ふらりと南巢の家へ遊びに來た。そして問はれるまゝにいろいろな事を話す。
「あれですか、あれは新橋です。御存じでせう。駒代ツて云ふんです。」
「尾花家の駒代か……どうも聞いた事のある聲柄だと思つた。踊は度々見たが、薗八をやるとはたのもしい。」
「この頃二三段稽古したんださうです。」
「瀨川君、此度《こんど》は大分長つゞきがするやうだね。お噂は去年の暮からちよい〳〵聞いてゐるんだが君も女房を持つ氣になつたかね。」
「もうそろ〳〵持つて見やうかと思つてゐるんですが、然しお袋のゐる中はとてもまとまりませんよ。」
「さうかね、然し君、女房になつて其の家の姑に從つて行けないやうな女ならまづ亭主にも從はない女だよ。其の邊は色戀を離れてよく考へないといけない。」
「それア私も考へてます。然し家ぢやお袋がまだ若いんですから、今年やつと五十一になつたのですから、どうも、うまく折合がつかなさうなんですよ。實は二三度駒代を家へ連れて行つた事があるんですがね。お袋の云ふには柔順《おとな》しさうで結構だけれど、藝人の女房にはもう少し愛嬌があつて働きがなければ身上《しんしやう》の相談なんか、私の居る中はいゝけれど後々何かにつけてお前が困るだらうツてかう云ふんです。それも尤ですが、其の實は新橋の藝者でまだ抱への身體でせう。それが氣に入らないんですよ。何しろ家のお袋と來たら何とか云ひましたね先生――掛取や京の女のおそろしい組ですからね。丸式《まるしき》のことゝ來たら到底《とても》お話にやならないんです。」
「さうかも知れないな。」
「地體死んだ親爺がわるいんですよ。江戶ツ兒の面汚しでさ。先の養母《おふくろ》の死んだ後何もわざ〳〵上方から引張つて來ないだつて、東京《こつち》にだつて女はいくらもありまさ。」
「それアさうさね。然し君、生野暮《きやぼ》の素人《しらうと》でないだけがまだしも仕合だよ。成田屋の家見たやうに物の分らない素人《しらうと》の女ばつかり殘つた日にやア御難だ。折角藝道の名家も後が大《だい》なしだ。」
「上方の女と來たら商賣人もあんまり當てにや成りませんよ。一體女ツてえものは何故《なぜ》みんなしみつたれ[#「しみつたれ」に傍点]なんでせう。つまらない事をいやに何時《いつ》までも恩にかけたがるもんですね。」
「女子と小人養ひがたしかね。」
「全くですね、實は駒代を女房にしやうかと思つたのも、あんまり色《いろ》んな事を恩にきせて煩《うるさ》くつて仕樣がないからなんですよ。」
「惚れて女房にしやうと云ふのぢや無いのかね。これア少し話がちがつて來た。」
「別にいやな事はありません。もと〳〵我慢して勤めたお客といふ譯ぢやなし、此方《こつち》からお座敷をつけて呼んでやつた事もある位なんですがね、さうかと云つて實のところを白狀すれば是が非でも女房にしなければならないといふ程|逆上《のぼ》せてゐる譯でもありません。」
「はゝゝは。そいつは心細いな。」
「何も彼も打明けてしまへばまアそんなものなんですが、然し私だつて一生獨りで暮らすときめた譯ぢやなし、頃合のがあつたら好加減な處で納まらうかと思つてゐるんです。先方《さき》ぢや去年の暮に私《わたし》の爲めに大事な旦那をしくじつたばかりか、その旦那が面當に朋輩の菊千代つて云ふのに手をつけて、間もなく自前にしてやつたと云ふんで、其の仕返に例へ三日でもいゝから私の家へ這入《はい》らなければ承知が出來ない。私に捨てられればモルヒネを飮むつて云ふ騷ぎなんで、私も其時は始末にこまつて親爺の十三囘忌でも濟んだらと、こう逃げたんです。」
「後生の障りだな、色男にはなりたくない。」
「先生までがそんな事を仰有つちや困《こま》りますなア。私だつて薄情な事はしたかアありません。だから家へ連れて行つてもお袋の手前都合がわるし、外のお茶屋で逢へば商賣にさわるだらうしと、いろ〳〵氣を廻した末、内《うち》の寮が明いて居るので、こゝでゆつくり逢つてやる事にしてゐるんです。」
「靜かでいゝやね。時に瀨川さん實はとうからお聞き申さうと思つてゐたんだが、寮は矢ツ張あゝして別莊にして置くのかね。」
「今の處では別に差當つて買手もありませんし、まアあのまゝにして置くより仕樣がありますまい。お袋もうつかり賣るなぞと云つて惡い周旋屋の手なんぞに引掛ると大變だと云つてゐます。」
「まア當分あゝしてお置きなさい。賣らうと思へばいつでも賣れるんだから。其の中に是非と云つて好んで望むやうな買手が出るまであゝして置く方が結句德ですよ。周旋屋の手にかゝれば地坪がいくらいくらと勘定するばかりで、寮なんぞは破屋《こはれや》も同樣、何んの値打もありやアしないが、見る人が見れば建具でも床柱でも襖の紙でも一々骨董の値打があるんだから、まア當分あゝしてお置きなさい。年數が經つに從つてます〳〵値打が出て來ます。」
「御迷惑でなければ、實は先生にお任せしたいんです。いつかもお袋がもし芝居か何かでお目にかゝつたら、御懇意づくにお賴みしてくれと云つてゐたんですが、つい私も忘れてしまひましてね。」
「さうですか。それなら私にお任せ下さい、決して惡いやうには計らひません。」
 南巢はもう駒代の事なぞは其方《そつち》のけにして、庭の柴折戶や池の松の見事なこと抔を熱心に語り出した。
 瀨川は明い中に南巢の家を辭し、今夜は築地の家へ歸つてゆつくり寢て、明日から新富座の初日へ出勤するつもりであつたが、久振りの話につひ長居して、小春の日のいつか暮れ掛けて來たのに驚き、立ち掛けやうとした折から、晩飯の膳を出されて、すぐにも歸られず、食後|又《また》一時《ひとしきり》四方山の話に夜も八時過ぎ、寒山竹の茂つた南巢の家の潛門《くゞりもん》を出たのである。往來は眞暗《まつくら》で風は冷《つめた》く、上野の森に月がかゝつて、通過る汽車の響と汽笛の聲が云ひ知れぬ程物寂しく聞きなされた。瀨川は南巢の家の玄關を出る時までは今夜は築地の家まで歸るのも道が遠いからいつそ空家の寮で唯《たつ》た一人夜明しをするのも面白からうと思つてゐたがそんな氣は忽ち何處へやら、今は息を切らすほど早足に電車通へ出た。そして箕輪から來る電車を待つ間も、瀨川はこんな眞暗な場末に住む人の氣が知れない。南巢さんのやうな文學者とか又畫家とか云ふ人逹ならばいざ知らずわざ〳〵こんな出端の惡い處へ引込んで茶の湯なんぞに凝つてゐた親爺の菊如は餘程變つた人間だつたなと考へる氣もなく一糸は自分と養父菊如との性質や藝風つゞいて世の中一帶の樣子も今とはちがつてゐた事などを比較しはじめた。
 一糸は瀨川の家に養はれた役者として今でも女形を勤めてゐるのであるが、一時女形は女のすべき筈のもので、これを男がするのは女歌舞伎御禁止の爲めに止むを得ず生じた江戶時代の野蠻な遺風であると云つたやうな議論が盛に新聞や雜誌に出た頃には、只譯もなく女形がいやで、昔氣質の養父とは度々衝突して、いつそ役者なんぞは止してしまはうかと考へた事もあり、又新派の組合に加入して洋行でもして見やうかと思つた事さへあるが、然しそれもこれも要するに根柢のない一時の野心、新聞かぶれの出來心に過ぎないので、演劇に對する世間の議論が下火になれば、忽ちそんな事は忘れるともなく忘れてしまつて一糸は矢張子供の時から習ひ覺えた女形の役者として、每月彼方《あつち》此方《こつち》の興行にいそがしく、自分では別にさしたる苦心をしたといふでもなく、舞臺の年功をつむ中、いつか世間から一廉の役者らしく取扱はれ、自分もどうやら其の氣になりかけて來た時、丁度一時世間を熱狂させた女優の流行も漸く衰へ、日本の芝居には矢張女形は男でなければならぬやうな議論がちよい〳〵聞え出すのに、又譯もなく氣が强くなり、急に自分の女形たる事に値打以上の値打があるやうに思ひなして、自然興行每の役不足にだん〳〵奧役を困らせるやうになつて來るのであつた。
「や、瀨川さん。何方《どちら》のお歸りです。」
 電車に乗ると、入口の隅の方に腰をかけてゐた三十前後の眼鏡をかけ、セルの袴をはいた書生風の男が、茶天鵞絨の中折帽を一寸|脫《と》つて挨拶した。
「おや、山井さん。吉原のお歸りですか。」と瀨川は笑ひながら、丁度席が明いてゐたので其の傍へ腰を卸した。
「はゝゝゝは。さう見えれば結構です。新富の初日は明日でしたね。」
「どうぞお遊びに…………。」
「是非伺ひます。」と山井は二重廻の袖の下に四五册抱えてゐた雜誌の一部を取出して、「まだお送りしませんでしたが、これがあの……いつかお話した雜誌です。」
 山井は二重廻のかくしから手帳を出して瀨川の番地を書き留めた。山井は所謂新しい藝術家なので、雅號も戲名も何もない、唯本名の山井《やまゐ》要《かなめ》で知られてゐる。もと〳〵中學校を卒業したばかりで別に何一つこれといつて專門の學術を修めたといふのではないが、生れつき器用な性なので、中學時代から靑年雜誌に新體詩や短歌を投書してゐる中、いつの間にか哲學や審美學の用語を覺え、相應の學者らしく人生や藝術の問題を喋々と論ずるやうになつた。中學を出てから二三の仲間と或華族の馬鹿息子をだまして金を出させ新しい藝術雜誌を經營して短歌のみならず續々脚本や小說なぞをも發表し、三四年にして忽ち一廉の藝術家になりすましてしまつたのである。山井はまた劇壇にも滿々たる野心を抱き、既に作り得た文壇の名聲を賣物にして女優を集め、自分も又役者になつて飜譯劇を演じた事も再三に及んだが、これは忽ち女優との醜聞を新聞に素破拔かれた事や又は芝居の小屋主を始め鬘師や衣裳方道具方なぞへの諸勘定を拂はぬ爲め其の社會の鼻つまみとなつて誰も相手にせぬ處から自然おやめになつて、元の文學專門に立返る事となつた。
 然し山井は今年三十一歲になつても二十代の書生と同樣家もなく妻子もなく下宿屋を諸所方々食ひ倒して步く藝術家なので、傍《はた》から見れば行末はどうなるかと思ふやうな事をも一向平氣で爲通《しとほ》してゐる。山井の倒すのは下宿屋ばかりでない。出版商からは原稿料を前借して其のまゝ本は書かず、書いて出版すれば直ぐに其の原稿を他の本屋に持つて行つて二重賣りをする。友逹の書いたものは懇意づくに一言の交渉もなく自分の賣る原稿の紙數を增さんが爲めに之を一所にして賣り飛ばす事も度々で、西洋料理屋も倒す、煙草屋も倒す、呉服屋も倒す。待合は新橋赤坂芳町柳橋から山の手邊まで倒せるだけ倒して步く處から、一度迷惑をかけられた藝者やお茶屋の女中は芝居の連中見物なぞで山井先生の顏を見ると、前の貸を催促するよりも、うつかり口《くち》をきいて又其の後《あと》倒しに來られては大變だと向から逃げる位。誰が云出したともなく陰《かげ》では皆山井の事をば出雲《いづも》倒州《たうしう》さんといふのである。これはいつも倒す[#「いつも倒す」に傍点]と云ふ事をば芝居の作者の名前らしくもぢつたのである。
 然し世間は狹いやうで又廣い。冷酷なやうで又極めて寛容な處もある。役者や藝者の中でもまだ山井の事をばそれ程無信用な危險な人間とは氣のつかないものもある。一二度倒されても畫工《ゑかき》や文士《ぶんし》は仕方がないと善意に解して、却て氣の毒がるものもある。又は何も彼《か》も承知の上で、内々は用心しながら唯物好きにさういふ下等な人間と知合になり、自分逹には到底《とても》眞似さへ出來ないやうな陋劣な咄を聞いて面白がらうといふ、其の爲めには野太鼓同樣|飮《の》ませてやる人もないではない。瀨川一糸もかういふ人の一人である。顏を見ると直ぐに裸體畫を表紙にした雜誌VENUS《ヰイナス》を賣付けられて、忽ち悅《えつ》に入り、
「山井さん。近頃は活動もさつぱり面白いのが有りませんね。もういつかのやうな會員組織の封切はないでせうか。」
「ありますよ。尤もこん度のは私が幹事をしてゐるんぢやないんです。」と山井は急に思出したらしく瀨川の顏を見て、「あなた。新橋の尾花家の忰を知つておゐでゞせう。その男が世話人なんです。」
「尾花家の忰――知りませんよ。先年死んだ市川雷七なら知つてますが、まだ外に兄弟があるんですか。」
「雷《らい》七の弟ですよ。矢張尾花家の實の息子なんですが、――親爺とは今ぢや久しく義絕同樣になつてゐるんださうです。まだ若いんですが、二十二三でせうが、惡い事にかけちや實に天才ですね。とても僕なんざ足下にも寄りつけないです。」
 山井は吳山老人の二番目の忰のことをば長々と語り出した。

 十四 あさくさ

 山井要が尾花家の忰と知合になつたのは淺草千束町の銘酒屋である。山井は芝居や宴會の歸りは無論の事。極《ご》く眞面目《まじめ》な用件で人を訪問した歸りにも、すこし夜が深《ふ》けたかと見れば、もういかな事にも眞直に下宿屋へは歸られないで、ふら〳〵と當もなく其處《そこ》此處《こゝ》の色町をぶらつく。然し待合は前々からの借金で體《てい》よく斷られ、吉原洲崎へは懷中を逆《さか》さに振つても車代にさへ足りないと云ふやうな場合になると、陰慘な魔窟も一向お構ひなく醉つたまぎれに一夜を明すのである。目が覺めてからは流石に慚愧後悔する事もあるが、多年放蕩無賴を盡した身はなか〳〵意志の力に制御されるものではない。山井はこの弱點に對する種々なる感情をば、「肉の悲しみ」だとか或は「接吻の苦味」だとかいろ〳〵新しい言葉で綴出した短歌に咏じて、憚る處なく彼の所謂「眞實なる生命の告白」なるものを發表するのであるが、幸にこの告白はいつも新奇を追ふ文壇に歡迎され、麁々《そゝ》ツかしい批評家から新時代の眞に新しい詩人は山井要である。彼こそは正しく日本のウエルレエヌであると稱され、自分ながらも醉拂つて氣の少し大きくなつた時には、どうやら其れらしい心持にもなつて、山井は遂にかゝる藝術的功名心の爲めに强いてさういふ廢頽した感情の中に其の身を沈淪させやうと勉めるのであつた。もと〳〵彼の學力は中學校も極く不成績で卒業した位なので外國語の知識と云つては餘程覺束ないのであるが、自分だけの心持では眞實噓でも見得でもなく、次第々々に西洋の藝術家らしい氣になりすましてしまふので、既に二三年前、梅毒にかゝつて兩橫根を踏出した折も、いかなる書物で見知つたものか、佛蘭西の文豪モオパツサンも梅毒の爲めに發狂したのである。それを思へば同じ惡疾の犧牲となつた自分は深甚の恐怖と慚愧の中にも自《おのづか》らまた烈しい藝術的熱情の昂奮を禁じ得ないとやら云つて得意の短歌數十首を讀みこれを「沃《えう》土《ど》保《ほ》兒《る》謨《む》」と題して出版した事もある。これも文壇の評判よく山井はその原稿料で病院の藥代だけは珍しく倒さなかつたとやら。
 淺草公園花屋敷の裏手なる臭《くさ》い溝緣《どぶつぷち》に鶴菱《つるびし》といふ軒燈《あかり》を出した銘酒屋がある。山井は待合で藝者も買へず、と云つて吉原洲崎まで乗出すのも退義《たいぎ》な折々、この鶴菱といふ銘酒屋へ宿りに來る。姊さんはお歲《さい》と云つて年は二十四五。かういふ賤業のものには珍しく頭髮《かみのけ》と血色《けつしよく》のいゝ身丈《せい》の高い女で、ぱつちりした眼と遠山形の濃い眉とが、鼻の低い口にしまりの無い平顏の缺點をも、どうやら見直せるやうに補つてゐる。
 山井は或時吉原の朝歸り、お歲《さい》の家へぶら〳〵やつて來ると、素袷の寢衣に細帶もしどけないお歲が、店口の長火鉢で鰺の干物を燒きながら、茶辨慶の銘仙か何かの褞袍を着た二十二三の色の白い好い男と猫足の膳を中にして一杯呑んでゐるのを見た。お歲は山井の姿を見るとばたばたと馳寄つて抱き付き、
「隨分よ。旦那。あれツきりぢや餘《あんま》りひどい事よ。いゝから、お座《すは》んなさいよ。さアお酌しませう。」と引倒すやうに猫足の膳の向へ座らせる。と見ればかの若い男の姿は早くも何處へやら消えて跡もない。
 山井は銅貨銀貨取りまぜ、どうやらかうやら壹圓取りまとめて女に渡し、逃げるがやうに孤鼠《こそ》々々《〳〵》と戶外《そと》へ出た。日の當つてゐる處へ出て風に吹かれると山井は全く異つた心持になつた。腹さへ張れば寸時前の飢を忘れると同樣、悠然と杖を小脇に公園の樹下を步み、やがて立止つて煙草をふかしながら正面に聳ゆる觀音堂の建築をば、いかにも美術家らしい樣子振りで眺め始めた。然しこれはわざと氣取つたのでも何でもない。山井は飽くまで眞面目なのである。彼はいつぞや何かの雜誌で西班牙のゾラと稱せられるブラスコ・イバネスといふ小說家がトレド市の大伽籃を中心にして其の周圍の人々の生活を描いた小說|伽籃《カテドラル》の批評を讀み、早速これをば淺草の觀音堂に移して一つ長篇の小說を作らうと考へてゐたからである。山井はいろ〳〵な雜誌に出てゐる西洋文學の紹介からいつでも暗示を得て、直ぐにそれを自家藥籠中のものにする敏捷な才がある。然し一度も原書を讀んだ事がない。讀むだけの學力がないのが、つまり彼の幸福なる所以、剽竊の罪を免るゝ所以、原作の爲めに自己の空想力を制限せらるゝ虞のない所以である。
 卷煙草の一本もやがて吸ひ終らうとするまで茫然と佇んだまゝ觀音堂を打眺めてゐた山井は、突然後から、
「山井先生。」と呼びかけられて驚いて振返つた。そして呼びかけたものゝ顏を見るや山井は更に驚いたばかりか、其の瞬間一種不快な恐怖に打たれた。呼びかけた男といふは今方銘酒屋鶴菱の長火鉢でお歲と茶漬を食べてゐた色の白い若い男であつたからである。
「何だ、僕に用があるのか。」と山井は云ひながら頻に四邊《あたり》を見廻した。
「先生、突然お呼びして全く相濟みません。」若い男はひよこ〳〵腰をかゞめ、「私はあの……投書家です……去年先生が選者になつてお居での時分、□□雜誌で當選しました。一度是非先生にお目に掛かりたい掛かりたいと思つてゐました。」
 山井は稍安心した體で近くのベンチへ腰を卸した。この若い男が卽ち尾花家の忰の瀧次郞である事を山井は其の後委しく當人の口から話して聞かされたのである。
 瀧次郞は十四の秋まで父なる講釋師楚雲軒吳山と母なる藝者十吉の手許《てもと》に置かれて新橋の藝者家から近所の小學校へ通つてゐたのであるが、いよ〳〵來年は尋常中學に進まうといふ年の秋、長くかういふ處に置いてはよくないと父吳山の意見に、母の十吉|姐《ねえ》さんも餘義なく、それではといろ〳〵御贔負のお客樣にも相談した末長年一中節のお相手に呼んで下さる法學博士辯護士何某先生に賴んで、其の書生部屋に置いて貰ふ事にした。何某博士は駿河臺に立派な屋敷を構へてゐる。瀧次郞はそこから中學校に通ふ事になつたが、これがそも〳〵瀧次郞の一生を誤まらせる原因であつた。最初吳山はこれから勉强盛りの若いものをば我家とは云ひながら長く藝者家なぞに置いてはよろしくないと思つたのは尤の次第であるが、然し瀧次郞の一生は他人の家よりも寧ろ武士氣質の失せない頑固一點張な父の許《もと》に置かれた方がまだしもましであつたらうと、後になつて吳山はじめ母の十吉も諸共後悔したが、それは全く諺にいふ後のまつりであつた。
 瀧次郞は博士先生の書生部屋に住込んで十六になるまで二年ほどの間は誠に行末賴母しい勉强家であつたが、其の年の暮に博士の家では奧樣が心臓病になつて唯《たつた》一人の御孃樣をつれて大森の別莊へ養生に行つてしまつた爲、自然博士先生も其の方へ行つて泊ることが多くなり、本邸は遂に午前だけ事務を取りに來る出張所も同樣になった。さうなると主人のゐない留守を幸ひ書生と女中はてんでに勝手次第の事をしはじめた。只さへあまり品行のよくないのは法學書生の常である。瀧次郞は忽ちの中に感化され、滿一年程たつて十八の時には早くも手のつけられない道樂者になりおほせてしまつた。夜になると我慢にも家にはゐられない。近所の氷屋牛肉屋煙草屋なぞの女や娘を張りに行く。夜半《よなか》には書生と競爭で家《うち》の女中を引張り合ふ。日中も電車で通學の折々乗合はした女學生を誘惑しやうといろ〳〵苦心する始末。或夜神田明神の裏手へ近所の煙草屋の娘をおびき出さうとした處、運惡く丁度その夜不良少年の檢擧で網を張つてゐた刑事に見咎められ否應なく拘留された。この事が自然學校へ知れて瀧次郞は早速退校を命ぜられると共に、博士先生の家からも亦|體《てい》よく斷られるやうな始末となつた。
 父の吳山は火のやうになつて怒る、母の十吉は何といふ情《なさ》けない事だと云つて泣いたがもう仕樣がない。瀧次郞は一先新橋の藝者家へ引取られ親の顏に泥を塗つた不屆者だと、父から嚴しく禁足を申付けられたが、もう親の意見なぞおいそれと聞いてゐるやうな瀧次郞ではない。何しろ吳山は午飯をすませば每日雨が降らうが風が吹かうが大きな信玄袋に羊羹色になつた五所紋の羽織と張扇を入れて晝席へ出て行き、夕飯頃に歸つて來てすぐ又夜の席へと出掛けねばならぬ。道の都合で晝席から其のまゝすぐと夜の席へ廻つてしまふ事もある。母は又藝者の事とて每夜御座敷へ出るところから、いくら嚴しく禁足を申附けたとて事實瀧次郞を監督するものは家中には一人もゐない譯である。其の時分尾花家には役者になつた長男の市川雷七がまだ逹者でゐたが、これも朝飯をすますと芝居のある無しに係らず直ぐ師匠の家へ行つて終日働き夜も十時過ぎでなくては歸つて來ない。
 藝者家と云ふと餘所目《よそめ》にはいかにもだらしが無ささうであるが、内へ這入つて見れば主人夫婦を始め抱えの藝者内箱の女から水仕《みづし》の奉公人まで皆それぞれにいそがしい。女主人の十吉は每夜十二時或時は一時過るまで御座敷を彼方《あつち》此方《こつち》と勤め步いて、ぐつたり疲《くた》ぶれて歸つて來ても、其の翌朝は矢張それ相應に早く起きなければ其の日の稽古が間に合はない。十吉は每朝常磐津淸元一中河東薗八荻江歌澤とそれ〴〵諸藝の家元へ稽古に行き、歸つて來てからは自分の家の半玉に稽古もしてやらなければならぬ。抱えの藝者衆の着物の世話や相談もしなければならぬ。御座敷で彈くべきものゝ都合では他《ほか》の藝者と豫め打合せもして置かねばならぬ。演藝會の下ざらひも土地の古顏だけに折々は手傳つてやらねばならぬ。と云つたやうな始末。さうかうしてゐる中には髮を結ひ湯へ這入るべき刻限、それをすましてやれ煙草一服といふ時分には、もう晩飯《ばんめし》の仕度である。抱えの藝者もまづそれと同じ事。箱屋は玉帳の勘定と電話の挨拶、藝者の衣服や身の廻の雜用に身體が二つあつても足りない位。下女はかゝる多人數の食物と洗濯と風呂の始末にこれ亦一人の手ではなか〳〵休む暇はない。
 一體この尾花家は主人の吳山老人が皆《みん》なから小言幸兵衞と綽名されてゐる位口八釜しいので、商賣の事は勿論何から何まできちんと奇麗に取片づいてゐる事は新橋中おそらく此の家に越す處はあるまい。して又、藝事の稽古と來たらまるで劍術の修行も同樣容捨なく嚴しいので以前から名代な家である。それと云ふのも、吳山は癇癖のつよい一酷な性質から何に限らず物事を好加減にして置く事が出來ない、講談師仲間では今一二の古顏であるが一人も弟子を取らず、又弟子もつかないのは修行が嚴し過ぎるからだとの事。されば家の藝者の稽古も、稽古をするとなれば專門家《くらうと》の修行同樣眞劍に仕込ませねば氣がすまないので、餘所《よそ》の二階でさらつてゐる三味線をきいてもどうかすると、何だいあれアと云つて眉を顰める事も度々である。藝者と役者は世間の花だ。外へ出て萬一の事でもあつた時身だしなみがわるいと人に思はれちや末代までの恥だ。がらりと格子戶を明けて戶外へ出る時にや、肌襦袢と腰卷だけは新しいのをしめて行け。着物や持物は決して奢るなよと云ふのが藝者に對する吳山の家訓である。然し女房の十吉がこれは又いかにも當りの柔らかな氣のゆつたりした優しい女なので、偏屈な亭主の云ふ事をも程よく弱らげ、巧みに抱えを始め家中の折合をつけて行くのである。
 瀧次郞はかやうに家中皆それ〴〵いそがしがつてゐる中に、その身一人は其邊にちらかつてゐる新聞や雜誌をば每日欠伸《あくび》をしながら讀むより外に何一つなすべき事がない。吳山は今の中に嚴しく意見をして心を入直させれば、まだ徴兵檢査前の身體故、どうにか行末の目當もつくであらう。學校は中途でよされて今更仕樣もないから、いつそ堅氣の商家へでも奉公に出したらばといろ〳〵其の方面の手蔓を求めたが、藝者家の忰で中學校を退校されたと知れては何處もまづ不首尾である。母の十吉は諺にも蛙の子は蛙と云ふから、もう中年《ちうねん》ではあるが何か藝を仕込んで藝人にした方が間違ひがあるまいと云ふ。然し唯藝人と云ふばかりでどう云ふ種類の藝人になるべきものやら。これは瀧次郞の身になつても鳥渡卽座には決心しかねる譯である。實の兄は既に役者で相應に賣出してゐるので今更下廻りの役者になつて其の下につくのも業腹だし、父吳山の弟子になれば、唯さへ八釜しい親爺に猶更手嚴しくやつ付けられねばならない。三味線彈も今からこの大きな身體で一つとやの稽古も出來ず、さうかと云つて新派の役者や曾我の家一流の道化役者の弟子にもなる氣はない。瀧次郞は每日手當り次第に雜誌や新聞を讀んでゐる中不圖小說家とか文士とか云ふものになつたらどうか知らと云ふ氣を起したが、然しどうすればその道の人になれるのやら全く當てがつかないので、これも其のまゝ烟《けぶり》と消え、瀧次郞も今はつく〴〵自分ながらも其の身の持扱ひ方に窮した揚句、或仲買の店へ兎に角口を聞いてくれるものゝあるが儘當分氣を變《かへ》る爲めに住む込む事となつた。
 おとなしく勤めたのはほんの當座半年ばかりの事、瀧次郞は手近な蠣殻町の賣春婦を買ひ散らし店の金をすこしばかり使ひ込んだのを忽ち發見されて解雇となり、再び新橋の家へ引取られたが、おひ〳〵自暴自棄になり出した瀧次郞は、もう我慢にも三日と長く窮屈な兩親の元にゐる氣はなく、或夜の事無人な家の留守を幸ひ、母と抱えの藝者の衣類簪なぞをかつさらつて逃げてしまつた。

 十五 宜春亭

 山井がなが〳〵と飽かずに語りつゞける尾花家の忰の話がまだ終らぬ中に、電車はいつか銀座通へ來た。瀨川はつと席を立つて降りると山井もつゞいて降りた。そして瀨川が乗換の電車を待たうと服部時計店の前に佇むと、山井もいつか其の後について同じ處に立つてゐるので、
「お宅は。」ときくと、
「家は芝白金です。」
「矢張こゝで御乗換ですか。」
「いえ、いつでも芝の金杉橋で乗換へます。」と山井は云ひながら一步瀨川の方へ進寄り、「何時でせう。まだ家へ歸るのは少し早いやうだ。」
「まだ十時にやなりません。」と瀨川は手首《てくび》にはめた金時計と服部の店に並べた時計の時間とを見くらべる。
「この頃新橋の景氣はどうです。私はもうとんと近頃は遊びませんが……。」と山井はつゞいて二輛ほど電車が來ても一向乗る樣子なくいつまでも立つてゐる。
 瀨川は始めて山井の胸中を推察した。どこかへ遊びに連れて行つて貰はうといふに違ひない。困つたものだと思つたが、またこの場合知らぬ顏で山井一人を殘して行くのも何となく可哀《かあい》さうな氣もする。情は人の爲ならず今夜一杯飮まして置いたら後日何かの爲にもならうと思直して瀨川は何ともつかず、「電車も遠いと乗りくたびれますね、どこかで休みませう。」
 云ひながら向側へと線路を橫切つて行くと山井はもう喜悅滿面、この鳥を逃しては大變と追掛けるやうに其の後に從ひながら、然し殊勝にも向から來る自働車をば、
「あぶないですよ。」と注意した。瀨川はすた〳〵ライオンの前を行過ぎながら鳥渡振向き、
「山井さん、どこかお馴染のお茶屋はありませんか。」
「無い事もありませんが、僕の知つてゐる家はとても汚《きたな》くつていけません。あなたの名譽に關します。それよりか今夜はあなたの本陣を紹介して下さい。秘密は誓つて守ります。はゝゝゝは。」
 瀨川は一寸行先に迷つたらしく首を傾《かし》げて步みをおそくさせたが、そうかうする中に忽ち三原橋へ來てしまつたので、もう仕樣がないと思つたらしく、
「私の知つてる家もあんまり綺麗な方ぢやありませんよ。然し遊びはあんまり豪勢な構ひよりか小じんまりした方が心持がいゝやうです。」
 瀨川は行きつけた待合宜春へ山井を連れて這入《はい》つた。二階の表座敷へと案内する女中のお牧は手をついて挨拶するとすぐ後は懇意な調子で、「旦那、たつた今お電話が掛りましてすよ。」
「どこから。」
「わかつてるぢやありませんか。さう申しませうね。」とお牧はもう立掛ける。
「おいお牧さん。駒代は駒代でいゝから、その外に誰か呼んでおくれ。」
「どなたにしませう。」と女中は再び坐り直して瀨川と山井の顏を見た。
「山井さん、誰がいゝでせう。」
「藝者はまア駒代さんが來てからでいゝでせう。それよりかお酒を願ひませう。」
「只今。畏りました。」と女中は坐を立つた。
「藝者ツてものは妙なもんで、脈の合はない同志が一座すると却て座がしらけていけません。」と山井はいよ〳〵腰を落付けやうと云ふ心が胡坐《あぐら》をかいて紫檀の卓へ兩肱をついた。
「見かけによらず女は誰しも片意地なもんですね。」
「それが女心と云ふんでせう。」と山井は菓子鉢の乾菓子《ひぐわし》を摘み、「瀨川さんこれア餘所で聞いた噂なんですが、近々にいよ〳〵御結婚なさるつて云ふ事ですが、ほんとうですか。」
「駒代とですか。」
「えゝ。ちら〳〵さう云ふ噂を聞きます。」
「さうですか、そんなに評判なんですか。困《こま》りますね。」
「何も困る事アないぢやありませんか。結構ぢやありませんか。」
「僕はまだ經驗がないんですが、結婚つて云ふものはあんまり面白いもんぢや無さゝうですね。僕は何だかもう少し獨りで氣樂にして居たいやうな氣がするんですよ。何もあの女がいやと云ふ譯ぢやない、それとは全く別の話で……。」と瀨川は獨りで申譯らしく云ひ添へた。
 結婚といふ事が何と云ふ譯もなく妙に窮屈に感じられ、又これまでの自由な華やかな生涯の終了《をはり》であるやうに思はれる事は、山井自身の經驗に於ても矢張同じ事なので、
「結婚しやうと思へばいつだつて出來る話なんですからな、何も急ぐにや當りません。然しいづれ一度はこれも人生の經驗でせう。」
 女中のお牧が酒肴を運んで來た。
「駒代姐さん最《も》う三十分ばかりしますと伺ひますツて、お電話で御ざいます。」
「向で三十分と云へばまづ一時間半だね。それぢやお牧さん彼女《あれ》の來るまで、誰か直に來られるのを呼びたいもんだね。新橋の藝者はどれもこれも待たせるからなア。」
「待たせた揚句に、來ればすぐ電話で後口でせう。はゝゝは。」と方々倒して步いたゞけ山井もなか〳〵の通人である。
「ほんとにねえ。」とお牧は眞實らしく溜息をついたが急に思出して、「今日お弘めの妓《こ》があります。つなぎに呼んで見ませうか。ぽつちやりした色の白い、何となく具合のよさゝうな人よ。ほゝゝゝほ。何でも立派な御醫者樣の奧さんだつたんですつて。」
「それア奇妙だ。どうして藝者なんぞになつたんだらう。」
「人の話だから眞實《ほんと》だか虛言《うそ》だか分りませんけれど藝者になつて見たくつて、無理に好んでなつたんですとさ。」
「さうかい、それア見たいもんだ。山井さん、さういふ女は矢張新しい女ツて云ふんですか。」と瀨川は眞面目に質問する。
「さうでせうな。私の處へ短歌の添刪を賴みに來る女には、隨分藝者になり兼ねないやうなのがあります。」
「何しろあなた方の商賣は羨しい。第一時間で身體を縛られるツて云ふことがないし、それに又遊びに行つても内所で好きな事ができるけれど、そこへ行くと私逹はすぐに顏で知られてしまふから……さう馬鹿な騷ぎ方も出來ないしつまりません。」
「その代何處へ行つても吾々のやうに冷遇される氣遣はない……。」
「何ぼ役者だつてさうは行きませんよ。」
 二人は唯面白さうに笑つた。やがて靜に襖があいて敷居際に挨拶する島田が見えた。お牧が話をした弘めの藝者といふのはこれであらう。白襟に裾模樣の紋付を着た年は二十前後。癖のない髮と濃い眉毛、黑目勝の大きな目には申分がないが、額は大分廣く頤の短い圓顏。そして手の太い肉付のいゝ大柄の身體には出《で》の衣裳がいかにも着にくさうで、島田の鬢の搔き具合、馬鹿に濃過ぎる白粉のつけやう、萬事が藝者らしくない處が二人の目には却て興味を引くのであつた。然し割合に人馴れてゐて山井が早速さす杯をも惡びれずに受け、
「急いで來たもんだから呼吸が切れて仕樣がありません。」と飮み干して英語で「難有《サンキユウ》」と杯を返す、其の調子には何處の國とも知れず著しい訛りのあるのが耳立つのであつた。
「何て云ふ名だえ。」
「蘭花《らんくわ》ツて申します。」
「蘭花――支那の女の名見たいぢやないか。なぜもつとハイカラなのにしなかつたんだ。」
「私《わたし》まつたくはすみれと[#「すみれ」に傍点]付けたかつたのよ。ですけれど他《ほか》にもうすみれさんて云ふ方があるですツて。」
「今まで何處《どこ》へ出てゐたんだ。葭町か、柳橋か。」
「いゝえ。あなた。」と蘭花はどういふ譯か急に語調《てうし》を强めて、地方訛の一層耳立つのも知らぬ顏で、「藝者は全く始めてゞすわ。」
「それぢや女優か。」
「いゝえ、然し私女優さんには成つて見たうござんすわ。藝者でもし賣れなかつたら女優さんになりますわ。」
 瀨川は山井と顏を見合せて覺えず微笑《ほゝゑ》み、
「女優になつたら蘭|花《くわ》さんはどんな役がして見たいと思ふね。」きくと女は更に憶する樣子もなく、
「わたしジユリエツトがして見たうござんすわ。シエーキスピアの――あの窓の處でロメオと鳥の聲を聽きながら接吻《キツス》する處が御在いませう、何とも云へませんわ。松井須磨子さんのサロメなんて私は厭《いや》ですわ。人樣に裸體《はだか》を見られに出るやうなものですもの。肉襦袢は着てゐるんでせうけれどもねえ。」
 瀨川は少々煙に卷かれた體で默《だま》つてしまつたが、山井は漸く重ねる杯と共にもう嬉しくてたまらないらしく、
「蘭花さん、あなたは實に藝者には惜しい。思切つて女優におなんなさい。さうすれば僕も及ばずながら力になります。僕だつて藝術家の一人です。藝術の爲なら自他の區別はないです。」
「あら、あなた藝術家でゐらしつたの。何と仰有《おつしや》るの、お名前を聞かして頂戴よ。」
「山井要といふのは僕です。」
「あら山井先生でゐらつしツたの。それぢや先生の歌集はわたくし皆悉《みんな》買つて持つて居りますわ。」
「さうですか。」と山井はます〳〵悅に入つて、「ぢや、あなたも何か創作があるでせう。え、蘭花さん。聞かして下さい。」
「いゝえ、とてもむづかしくつて出來ません。ですけれど煩悶のある時は歌でも讀むのが一番慰藉ですわねえ。」
 瀨川はいよ〳〵呆れて唯煙草をぱく〳〵其の煙の中から山井と蘭花の顏を目戍《みまも》るばかりであつた。

 十六 初日 上

 新富座は定めの時間午後の一時に初日の蓋《ふた》をあけた。一番目は繪本太閤記の馬盥に十段目、これは以前子供芝居の時分からいやに三河屋張の老役《ふけやく》に劇界の麒麟兒と名を取つた市山重藏が出し物、それに娘役の瀨川一糸が重次郞の初役で評判を取らせ、三幕目には筋の連絡なく忽然と琵琶湖の乗切をつけて、これは活動寫眞式の大道具で子供をだます樣に見物を喜ばす趣向。扨中幕は二十四孝の狐火。二番目は大阪役者袖崎吉松の紙治といふ並方である。初日は土間桟敷とも五拾錢均一といふのに、幕間の長いのと狂言の出揃はないのは承知の上の大入序幕が切れる頃には本家茶屋と芝居の木戶口には早くも土間桟敷賣切申候の札が下げられた。
 駒代は樂屋で着到の大太鼓が鳴る時分既に本家茶屋の一間に詰めかけて、茶屋の出方の中で顏の知れたもの三四人に祝儀をやり、又瀨川の男衆|綱吉《つなきち》といふのを呼んでこれには過分の祝儀、まだ其の上に樂屋の頭取と口番には瀨川の部屋へ女房氣取で自由に出入がしたい爲めにまた相應の心付《こゝろづけ》。そして今度瀨川が初役の重次郞をつとめるといふ事から新橋中の知合を運動して引幕一張を贈つたので其の爲め大道具へも渡りをよくした始末である。
 駒代は朋輩の花助をさそつて東の鶉の三に陣取つて、今方馬盥が切れた後場内滿員となつた景氣を見ると、これは誰の力でもない、瀨川一糸一人の人氣の爲めだといふ氣がするのである。そしてこの大《たい》した人氣の役者に思ひ思はれた女は誰あらう此處にかうしてゐる私だよと思ふともう居ても立つても居られない程嬉しくもあり、又晴れて夫婦になれるのは何時《いつ》の事だらうと思へば忽ち果敢いやうな悲しいやうな心持になるのであつた。
 「姐《ねえ》さん、先程はどうも。」とざわ〳〵人の往來《ゆきき》してゐる廊下をば鶉の戶口へ膝をついて、そつと皺だらけの顏を出したのは一糸の父先代菊如の時分から相中の古い弟子菊八である。
「先程太夫さんがお這入《はい》りになりました。」
「さう。濟みませんね。」と駒代は云ひながら煙草入を帶に納め、「花ちやん、兄《にい》さんが來たつて云ふから今の中、一|緖《しよ》に樂屋へお出でな。」
 何處《どこ》までも取卷藝者に出來てゐる花助は默《だま》つて柔順《すなほ》に後《あと》から席を立つた。相中《あひちゆう》の老優菊八は人込の中を先に立つて、奈落へ通ふ向揚幕の方へと步いて行く。その後につゞいた駒代と花助の姿をば摺違ひに認めて、
「や、駒代さん。」と聲をかけたのは脊の低い眼鏡の洋服。
「おや、山井さん。昨夜《ゆふべ》あれからどうなすって。」
「いや、どうも、大變な藝者に出《で》ツくわしましたな。」
「隨分見せつけましたね。今日はたゞぢや濟みませんよ。」と笑つた。駒代は實の處山井を知つたのは昨夜始ての事であるが瀨川の兄《にい》さんの連れて來た人だと云ふ事からわざとらしい迄に親しく見せて愛嬌を振撒くのである。駒代は誰彼の區別はない、瀨川の知己《ちかづき》だと見れば一生懸命氣受をよくし、それほど瀨川の爲めに心を碎いてゐるかといふ事を知らせて、次第に周圍一帶の同情を身に集め、行末はどうあつても夫婦にならなければ周圍《はた》が承知しないと云ふやうに仕掛けてゐるのである。されば山井が文士だと聞くだけに駒代は身方にすれば一層賴母しい人のやうに考へて一晩や二晩の遊び位は承知の上で引受けてやらうと思つてゐる。駒代は世間をよく知らぬ藝者の考へで、文士といふものは辯護士が法律を商賣にしてゐるやうに、これはこま〴〵と人情を書くのが商賣だから人情にからんだ事柄を賴めば間違はないと自分勝手にきめて居るのである。
 山井は駒代と共に同じく奈落へ降りながら、「實は瀨川君に昨夜《ゆふべ》の話をしやうと思つてゐたんです。」
 ところ〴〵瓦斯の火がぼんやり點《つ》いてゐる地の下の奈落を過ぎて一同は樂屋へ出ると、こゝは取分《とりわ》け初日の大混雜。駒代と花助は互に手を引合ひ、黑衣を着た男や尻端折の男達がいづれも忙《いそが》しさうに駈《か》け上つたり駈《か》け下りたりしてゐる梯子段をば廊下の左側、鴨居の上に瀨川一糸と木札を下げた部屋の障子をあけると、半分は板敷になつた出入口の三疊、片隅の居爐裏で湯を沸してゐた男衆の綱吉がいつも御祝儀の利目《きゝめ》、駒代の姿を見るより早く奧の間へ座蒲團を敷きに立つた。
 瀨川は八反の褞袍に平ぐけを〆め、朱塗の鏡臺の前に緋綸子の大きな厚い座蒲團を敷き胡座《あぐら》をかいて白粉を溶いてゐたが鏡の面に映る一同の姿に、
「昨晩はどうも。」とまづ山井先生へ挨拶。それと共に如才なく花助の方へも愛嬌を見せて、
「お敷きなさい。」
「花ちやん。お敷きなさいよ。」と駒代も花助に座蒲團を勸めながら、然しわざと自分は敷かず少し下座へ下つて綱吉が持つて來る茶をばまづ山井の前へすゝめるなぞ、萬事すつかり女房氣取である。
 瀨川は白粉を溶いた指先を手拭でふきながら、「昨夜あれからどうしました。お泊りでせう。」
「いや、歸るにや歸りました。」と山井はにや〳〵笑ひながら、「歸つたら三時です。」
「どうですか、怪しいもんですね。」
「あの鹽梅ぢや、先方《さき》で歸しやしませんわ。ねえ、あなた。」
「申譯をしてもいけませんかな。はゝゝは。兎に角變つてましたな。新橋にや時々不思議な藝者が現れますな。あなたの役者だつて云ふ事はとうとう知れずじまひでした。」
「あらまア。」と駒代は眞《しん》から呆《あき》れたやうに目を睜《みは》つた。
「そいつアいゝ。」と瀨川は啣へてゐた卷煙草を火鉢へさして褞袍の兩肌をぬぎ譯もなく兩手で顏から頸へと白粉を塗りはじめたので、一同は自然と話を途絕して鏡の面を眺める中にも、駒代はもう總身に力瘤を入れぬばかり一心に眼を据ゑるのである。
「山井さん。是非また出掛けませう。」と瀨川は云ひながら手早く眉を作り口紅をつけると、先刻から衣裳小道具を揃へてゐた男衆の綱吉は瀨川の立上るのを待つて、すぐと桔梗の紋を金絲で縫つた奇麗な裃を着せかける。床山は髷の大きい前髮のある鬘を持つて後《うしろ》へ廻る。瀨川は忽ち錦繪にも畫けまいと思ふやうな美しい若衆になつた。駒代はあたりに人がゐなかつたら、初菊の役を橫取して窃と寄添つて見たいと思ふ心をぢつと我慢して眞《しん》からほれ〴〵と涎を垂らさぬばかり、どうしても目を離す事ができないのである。これまで見馴れた女形とは又ちがつて水の垂れさうな若衆の姿。惚れ込んだ女の目にはいゝ上にも更に更に、何とも云ひやうのないほど實に好く見えてならないのである。駒代は自分ながら口惜しいと思ふほど、惚れる上にも又更に惚《ほ》れ直してしまつたと、何ともつかず窃《そつ》と人知れず溜息をついたが、そんな事には一向無頓着な瀨川は、
「綱吉、まだ廻りにやならないか。」と駄々ツ子のやうに云捨て呑みさしの卷煙草を口へ啣へて立上る。
 其時出入口に草履を揃へてゐた黑衣の弟子が何やら丁寧に挨拶してゐる樣子に、一同は誰かと振返ると、髮を切下にして鐵無地の被布を着た品のいゝ女が、「お目出度う。」と云ひながら這入つて來たのに、駒代は喫驚《びつくり》したやうに突と座《ざ》を下《さが》つて、誰よりも先に、
「お目出度う御座います。其後はつい御無沙汰を致しまして。」と丁寧にお辭儀をした。
 先代の菊如の後妻、今の一糸が繼母に當るお半である。
 お半は目のぱつちりした鼻の高い瓜實顏。髮こそ切つてゐるが色の白いつや〳〵と皮膚《きめ》の細《こまか》い額にはさして皺も目立たない。よく上方の美人にある顏立。人形のやうに唯綺麗なばかりで表情に乏しい。然し綺麗といへば頸筋から手先まで年寄りとは思へぬ程綺麗で又どことなく品のいゝ處はどうやら公家華族の御後室とも見れば見られる樣子である。
「いつもえらいお骨折で。」と愛想よく駒代の方に笑顏を見せて、「大層よく出來ましたね。矢張佐渡屋ですか。何しろ毛がいゝんだから、何に結つてもよくお似合ひだ。」
「あら大變。」と駒代は餘義なさうに笑つて、「かもじでどうやら斯うやら結つてゐるんですよ。」
 舞臺の方で拍子木が聞える。瀨川は一同へ「御ゆるり。」と云ひながら突と座を立つた。男衆の綱吉は朱塗の蓋のある湯呑を持つて後から廊下へ出る。山井は駒代と花助の顏を見|遣《や》つて、
「肝腎な瀨川君の初役を見そくなつちや大變だ。」と獨言のやうに座を立つので、二人は渡りに船とお半へ挨拶もそこ〳〵つゞいて廊下へ出た。そして一同元來た奈落へ降りかけた時、花助は小聲で、
「駒ちやん、あの方が兄《にい》さんの阿母《おつか》さんかい。」
「さうだよ。」
「品のいゝ綺麗な方ねえ。私お花かお茶の先生かと思つたわ。」
「何かゞ萬事あの通り綺麗にきちんとしてゐるから私逹のやうながさつな者ぢや、とても駄目なんだよ。だからさ。」と駒代は覺えず聲を高めたのに氣がついて後を振返つたが、薄暗い奈落には誰も通らず、舞臺の上の方で大道具の金槌の音が陰に籠つて反響するばかり。幕はまだ明かぬらしい。
「だからさ。いくらどうしようたつて駄目なのよ。第一あの阿母《おつか》さんが不承知なんだつて云ふんだから……考へると情なくなつちまふ。」
「まだ表向さうと極りもしない中から姑根性を出すのかね。」と花助は事の是非に關らず相手の話に調子を合せるのが癖なので、内心では瀨川の兄さんはあれでなか〳〵浮氣者だから阿母さんばかりがさう惡いときまつたものでもなからうと思ひながら、そんな事を云つたつて夢中にのぼせ切つてゐる駒代の耳に這入るわけはない。なまじつまらない事を云つて人の氣を惡くさせた上恨まれてはつまらないと、唯その場合〳〵いゝやうな事を云つてゐるのである。駒代は全くその通。二人の仲は誰も知つての通これほど深くなつて居ながら、今だにどうともきまりが付かないのは内輪にあの阿母《おつか》さんがあるからだと一圖にさう思込んでしまつてゐるので、表面《うはべ》は蟲も殺さぬやうな優しい事を云はれると此方《こつち》は口《くち》が自由にきけないだけ、唯もう癇癪が起つて口惜しくなるばかりである。
「世の中ツてものはどうして斯《か》う思ふやうにならないんだらう。」と獨りで嘆息したが、やがて奈落を出ると木が這入つて丁度幕のあく處、奈落とは全く世界のちがつた場内《じやうない》の景氣に、駒代は忽ち其方へ氣を取られて小走りに鶉へいそぐと、其の後について山井は誘《さそ》はれもしないのに默《だま》つて同じ鶉へはいつた。芝居でも料理屋でも待合でも何處といはず知つた人の尻について默《だま》つてぬツと這入《はい》ツてしまふのは蓋し山井先生の得意とする處である。山井は駒代と花助を兩脇に敷島をぱく〳〵悠然として舞臺と場内を見渡した。

 十七 初日 下

 重次郞の花やかな姿はやがて着替へる緋縅の鎧にまた一段見榮して羽子板の押繪を其の儘の美しさ。贔負の見物一齊に重次郞が勇しく花道へ引込む後姿を見送る中《なか》に、駒代のゐる鶉の丁度眞上になつた東の桟敷に三人連の女客。一人は三十も超えたと思ふ痩ぎす、根下の銀杏返に小粒な古渡珊瑚の根掛、じみな金紗お召に小紋の下着、半襟は浅葱鼠に一粒鹿子のしぼり。黑縮緬の羽織、描更紗《かきざらさ》の晝夜帶に帶留の金具は何やらいはれあるらしい素銅《すあか》の目貫、さして大きからぬダイヤにプラチナの指環只一ツ、萬事目立たずして相應に物のかゝつたつくり、いづれ何家の誰といはれる姐さんであらう。一人は年の頃二十四五、藤紫の絞の手柄を掛けた佐渡屋が並一、眞珠を入れた蒔繪の櫛笄、思ふさま荒い龜甲つなぎの大島の二枚重に揃ひの羽織。縫取模樣の鹽瀨の丸帶に寶石入の帶留、びつくりする程大きなダイヤに眞珠の指環これだけでも千圓以上と思はれた。ぽつちやりした長顏の色飽くまで白く、はでなつくりに釣合つて四邊の人目をひく程のまづは美人。衣紋のつくり方化粧の仕樣矢張たゞの者ではあるまい。他の一人は待合のおかみらしい四十前後、もとは何處ぞの女中でゞもあつたらしく品のない田舎の人らしい顏付。各手にした双眼鏡を離して云合せたやうに顏を見合せて、「いゝわねえ。」と溜息をついた。
 やがて夕顏棚の彼方より市山重藏の武智光秀が立現れる頃、丸髷の美人は突然年上の銀杏返の手を握り小聲ながら力をこめて、「姐さん、私もう岡惚だけぢや濟まないわ。」
「それぢや何處でもお前さんのいゝ處へ呼んだらいゝぢや無いか。」
「呼べる位なら苦勞しやしないわ。出てゐる時分なら私《わたし》だつてそれア何とかこぎ付けるけれど、素人《しろと》になると何だか氣まりが惡くなつて何にも云へやしないわ。それに姐《ねえ》さん、瀨川さんにや何ぢやないの、尾花家の一件が大變なんでせう。」
「ふツ駒代かい。」と年上の銀杏返はいかにも卑しむやうな調子で、「腕がいいんだつて云ふからね。お前さん見たやうな御孃さまぢや到底《とても》張合へまいねえ。」
「だから私《わたし》矢張あきらめるわ。なまじツか云出して愛想盡しなんぞされると猶悲しくなつてしまふから……。」と舌の廻らないやうな甘たるい口のきゝ方である。
 舞臺は手負の老母が述懷から少しだれ氣味になつて來るのを丁度いゝ事に、二人は舞臺をそつちのけにして何か頻と小聲に話し始めた。重次郞が手負になつて花道から出て來る時二人は目がさめたやうに再び舞臺の方に向直り双眼鏡を取上げたが重次郞が落入つてしまふと直樣もう舞臺に用はないと云ふ風で又ひそ〳〵話をつゞけるのであつた。
 十段目が幕になると初日の事とて琵琶湖の乗切はあづかりとなり直に中幕の二十四孝。これは瀨川一糸が奧庭狐火の宙乗まで大喝采の中に幕になると丁度時分時とて食堂は今が一番込み合ふ最中、三人の女客は出入口に近いテーブルに坐を占め、出入《ではいり》の人の混雜を眺めてゐたが、すると丸髷は突然銀杏返の袖を引いて、
「力次|姐《ねえ》さん、矢張來てゐるわよ。」
 云はれて其の方を見ると駒代に花助その後に執拗《しうね》くつきまとつてゐるのは山井先生である。駒代は空《あ》いたテーブルをと其の方へのみ氣を取られたせいか、力次の傍を通りながら心付かず、何か三人で笑ひながら向へと行つてしまつた。
 すると銀杏返の力次はさも〳〵憎らしさうに後姿を見送りながら鼻の先で笑つて、「御覽よ。いゝ女ぶつてさ。たまらないねえ。」と聞えはせぬかと思ふほどの聲。
 力次は年も違へば貫目もぐつと違《ちが》ふ駒代が、土地の姐さんと立てられる自分に對して挨拶一ツせず笑つて行過ぎるとは何といふ生意氣な仕打だらう。きつと自分が此處にゐるのを見知りながら挨拶するのがいやさに人込を幸ひ氣のつかない振をして行過ぎたに違ひないと力次は無暗に腹を立てたのである。それもその筈、力次にはいつぞや吉岡さんと云ふ旦那を取られた遺恨がある。その仕返には何か折があつたら思ふさま泣かしてやらねばと思ひながら、まさか大勢一座の座敷では打付けに自分の恥を云立てゝ食つてかゝるわけにも行かず、演藝會か何かの折をと思つても此れ又折惡く手合せをする機會がなかつたので、つい其の儘になつてゐた。ところが今日《けふ》と云ふ今日、漸く復讎《しかへし》の糸口がつきかゝつて來た。それは以前自分の家の抱であつた君龍といふ藝者がさる實業家のお妾になつてゐた處先頃旦那が死んで濱町の目拔な土地百坪ばかり地面付の立派な妾宅の外に現金で壹萬圓を頂戴してお暇になつた。そこで今度藝者家を出さうか、旅館を開かうか、待合をしようか、鳥料理屋を始めやうか。それとも大事な壹萬圓に手をつけず其れを持參金にする代り、男がよくて程がよくて浮氣をせず自分ばつかり可愛がつて我儘の仕放題にさしてくれるやうな家へお嫁に行つて見やうか。その方がなまなか商賣をして苦勞するよりか行末ともに安樂で心配がなからうと、都合のいゝ事ばかり考へる、其相談にと度々力次姐さんの湊家へやつて來るついで、誘《さそ》ひ合つて今日新富座の見物。君龍は身受をされてからこの三年といふもの自分ながらよく辛棒したと思ふほど白髮の旦那一人を守り三味線も手にせず芝居へも滅多に行つた事のないだけあつて、旦那の御寵愛は遺言狀にまでちやんと君龍の事が書いてあつた有難さ。さて君龍の身になつては盡すだけの事は盡くしてしまつて、さて貰ふだけのものは貰つてしまつたとなると小人玉を抱いて罪ある譬、俄に身體も心も自由になつて何かそはそはと落ちついてゐられぬ矢先久振の芝居見物、瀨川一糸が初役の重次郞を見るより忽ち逆上《のぼ》せてしまつて成らう事なら今夜芝居がはねたら直ぐにもと力次姐さんへ我儘な賴み。力次は何ぼ何でもさう急にはと困つたけれども駒代への意趣返しにはこれに越した事はないと思ふのでいゝよ私にまかしておくれとすつかり受合つてしまつたのである。で、力次はまづ座付の茶屋桔梗の女將と云へばこの仲間では顏の賣れた婆さんと懇意なのを幸ひ早速打明けた話をして、それからいゝやうに瀨川の方へ通じさせ、今夜一寸でも都合して築地の久津輪《くつわ》といふ待合へ來てくれるやうにと賴込んだ。
 すると斯う云ふ事には馴切つてゐる桔梗の女將の取なし、案ずるより產むが安く、二番目の狂言河庄が切れる頃に嬉しい返事は早くも丸髷の君龍と銀杏返の力次が胸を躍らせたのであつた。一座した久津輪の女將はこの返事を聞いて一足先へ歸り仕度をして待つてゐるからと炬燵の場が明くか明かない中に君龍の脊中をぽんと一ツ喰はしながら鶉を出て行つた。君龍はいざ話がきまつたとなると以前の大口には似もつかず俄に心配らしく考へ込んでばかりゐるので、女將にからかはれても唯顏を眞赤に何とも云ひ得ない始末である。されば幕が明いて瀨川の小春が舞臺へ出ると君龍はおのづと後じさりに力次の身體を楯に手にしたハンケチで半分顏をかくしながらも、人知れず眼を据ゑ息を凝して瀨川の小春ばかりをぢつと見詰めるのである。する中に突然力次に袖を引かれハツと思はず又顏を赤く息をはづませた――力次はまるでおのれが事のやうに、
「そら又《また》こつちを見てるよ。君ちやん、もつと顏を出しといでよ。」
 君龍も瀨川が藝をしながら折々向を見る振でそつと此方《こつち》の桟敷へ眼をつけてゐると氣が付いてゐるので力次にさう注意されると猶更氣まりが惡く顏を眞赤に唯|俯向《うつむ》くばかりであつた。

 十八 きのうけふ

 いつも嬉しい逢瀨の場所と二人の中にきめられてゐる宜春の四疊半。瀨川一糸は江戸小紋の二枚重、結綿の三紋を陰《かげ》にして目だゝぬやうに絞出したは、橘町《だいひこ》あたりの好みであらう。橫座りに崩《くづ》した膝からちらと見せた長襦袢、鶸茶《ひわちや》に白く片輪車の絞りはまづゑり圓《ゑん》の誂と覺しい。帶はぐつと古風に幅狹く仕立てた獨鈷の唐繻子、掛《かけ》の端へ如源の二字を赤絲で縫はせたは大方濱町平野屋の品であらう、素人ならば隨分いやみになる處を女形と云ふだけ却てよい思付と見られた。きゆつと後手に締上げながら坐り直して、泰眞が水に紅葉の長門筒、古渡の緖〆に紅の濃い人形《にんぎやう》手《で》金革《きんかは》のかます、銀の蛇籠に金で細《こま》かく砂利の細具を見せた長手の金具は誰の作にや。無造作に取つて腰にさし、
「お駒、それぢや鳥渡行つて來るぜ。一時間か二時間たつたらきつと返つて來るから。いゝかい、だまつてちや困《こま》るなア。羽織を取つてお吳れ。」
 駒代は黑縮緬の羽織もまだ拔かず火鉢の灰へぢれつたさうに火箸を突さしながら、俯向いたまゝ、
「えゝ。待つてます。」とすげなく云つたが、突《つ》と食卓《つくゑ》の上の銚子を取り溢れるばかり茶碗につぎかける。一糸は早くも其の手を押へ、
「どうしたんだよ。今もあれ程云ふのにお前にも似合はないぢやないか。先から親爺の時分から贔負になる大阪のお客だ。袖崎さんが今度久振で此方《こつち》へ來たんでわざ〳〵一|緖《しよ》に出て來た贔負のお客だよ。」
「そんなら、兄《にい》さん、ずつと前から今夜のお座敷は分つてる筈ぢや有りませんか、今夜ハネが早かつたら山井先生も誘《さそ》はうツて現在山井さんにも樂屋でさう云つてたくせに。急に外へ御座敷だなんて、私《わたし》ア決して疑るんでも何でもありませんよ。ですけれどもさ、隨分|兄《にい》さんもあんまりだと思つて…」よく〳〵口惜しいと見えて駒代は云切らぬ中に聲をくもらせた。
「それぢや、どうしても不承知なんだね。不承知なら不承知でいゝさ。行かないばかりだ。」と瀨川はぐつと强面《こはもて》に出て相手の樣子を窺ふと、此方《こなた》はさすがにそんならお行でなさるなとも云切れず、僅にハンケチで眼を拭ふばかり。男はわざと急がぬ風を見せるつもりか腰へ收めた烟草入をまた拔出して一服しながら獨言《ひとりごと》のやうに、
「お前さんが行くなと云へば行かないまでの事さ。先樣をしくじれば其れでいゝんだ。」と烟管をはたいて、「お前さんも大事な吉岡さんをしくじつたんだからね、私の方もしくじりさへすれやアそれでお互に恩も恨もなくなる譯だ。」
 瀨川はどうでも勝手にしろと云ふ風にごろりと橫になつた。かうなつては惚れた弱味のある女の方から是非どうか行つて下さいと賴むより外はない。色の紛擾《いきさつ》には馴れてゐる瀨川一糸、始めからさうなるものとはとうに見越してゐる。よし又女の方が何でも彼《か》でも放すまいと執拗《しつこ》く出れば此方《こつち》も我儘《わがまゝ》一ぱい無理に振切つて出て行くまでの事、其場ではいくら愛想づかしを云ひもし又云はれもした處で、これまでになつた曉には女と云ふものはカラ意氣地のないもの。半年一年其の儘に放棄《うつちや》つて置いても折を見て此方《こつち》から優《やさ》しく仕掛ければすぐころりとなるのは梅歷の米八仇吉の條《くだり》を見て知るまでもない事と、瀨川は先の先まで承知してゐる上に、内心實の處は少しもう飽《あき》が來てゐる。何かいゝ代りの出逢次第、駒代とは手を切らう――きつぱり片がつかなくとも唯この上餘り深くならないやうにしたい、今では大分借金もありさうな駒代にこの上半年一年と繋《つなが》つてゐた日には厭《いや》でも應でも末は女房に脊負込まなければなるまい、それも是非ないハメになれば因緣づくだと締めるまでだとちやんと度胸を据ゑてゐる事とて、これは到底相撲にはならない譯である。
 駒代はどうあつても今夜は放すまいと思ふものゝ若しこの上我儘を云つて無理に瀨川を引留めたなら平素《ふだん》から藝人には似合はない一本氣な我儘な御世辞のない瀨川のこと――それが又駒代の惚《ほ》れる原因でもあるので、後でどんなに腹を立てるか分らないと思ふと何となく怖《こは》くもあるし、又あれ程立派な口をきくのだから矢張その云ふ通り眞實大阪の堅いお客かも知れないと始めの權幕には似ず次第〳〵に弱くなつて、
「兄《にい》さん、だん〴〵晩《おそ》くなるわよ。早く行つて早く歸つて來て頂戴。兄さん、私もう何も云ひませんから……。」と寄添つて恐る〳〵顏を差覗くのである。
「何《なに》、行かなけれア行かないで濟むことさ。」と瀨川は退儀さうに起直りながら、「後であやまりに行きやアいゝ。」
「それぢや私がこまつてよ。もう十一時過よ。兄《にい》さん。ほんとに早く行つて來て頂戴よ。私も一人で待つてるのも氣まりが惡いから鳥渡家へ歸つて出直して來ますから。」
「さうかい。それぢや濟まないけれどさうしておくれ。」と瀨川はわざと扶《たす》けられるやうに女の手を取つてしぶ〳〵立上り衣紋を直す。
 もう斯《か》うなつてはたとへ身を切られる程辛くても表面《うはべ》は立派に綺麗に御座敷へ出してやるが藝人を情夫《いろ》に持つ女の見得だと妙な處へ意地をつけて駒代は後からぴつたり寄添ふやうに羽織を着せ掛ける。鳥渡新派の芝居にでもありさうな樣子。瀨川はその儘後へと凭《よ》りかゝるやうに身を反し羽織の片袖通した手先に駒代の手を握りながら、
「ぢや。いゝねえ。きつと待つておゐで。」
 其のまゝ襖へ手をかける。駒代は廣ぶたに載せた男の二重廻と帽子襟卷を持つて續いて廊下へ出た。
「それぢや後程。」とおかみや女中の聲を後に瀨川は抱車の幌深く宜春の門《かど》を出ると我にもあらず手頸へはめた金時計を見た。いつもよりハネの晩い初日の夜に二場所掛持ちとは始めから無理なのは知れてある。然し瀨川は桔梗の女將から巧《うま》い調子に話込まれ男の持前なる浮氣の蟲を誘ひ出されると、まるで子供がほしいと思つた玩具《おもちや》を買つて貰はない中は寢ても覺めても氣がすまないと同樣、唯只無暗に氣ばかり急《あせ》るのである。瀨川は駒代に惡いとは知つてゐながら、そう云ふ事には馴れきつた桔梗の女將が猫撫聲で、駒ちやんの方は私が後で何とでも詫を入れるよ。私《わたし》が惡者にさへなれアいゝんだからと、それまで引受けられては譬へ氣がすゝまずとも押し出さねばならない譯。ましてや桟敷の遠見には一層美人に見えた圓ぽちやの丸髷、旦那に別れた後も久しく貞女を立てゝゐるのだから先《まづ》は素人《しろと》も同樣と聞いては猶更に我から胸を躍す好奇心。瀨川は行つた先の首尾次第、もう宜春なんぞへは歸らずとも後は野となれ山となれと、いろ〳〵さま〴〵に新しい突然の戀の面白さを空想する間もなく築地川一筋越した久津輪の門《かど》へ着いた。

 駒代は宜春の帳場でおかみさんに暫く遊んでおゐでよ。その中に私が電話を掛けるからとまで言はれたが、到底落ちついて坐つてはゐられぬので、ぶら〴〵銀座まで步いて歸つて來ますと、其のまゝ車も呼ばずぶらりと外へ出ると、門並待合のつゞいた狹い橫町、後にも先にも自働車が一二臺に人力車の四五臺道をふさぐばかりに供待してゐる間を、駒代は誰にも姿を見られぬやうにと急いで農商務省の方へ出た。
 蒼然とけぶり渡つた初冬の夜は地震でもゆりはせぬかと思ふほど妙に暖く、照輝く月の光に物の影はつきりと、乾いた道の上に橫るさま何となく夏らしい心地して、鬢の毛撫る微風の爽《さわやか》さ。思ふともなく駒代は、初めて瀨川の兄さんに呼ばれた宜春のお座敷、夢ではないか狐につまゝれたのではないかと、われと我身の嬉しさを疑ひながら別れて歸る夜の道、明い賑な通へ出て車や人の往來《ゆきゝ》にその嬉しい思を亂されるのが惜しさに、兩方の膝節ぐら〳〵する程に疲《くた》ぶれてゐながら、暗い橫町から橫町へとわざ〳〵廻り道して歸つた時の事を思出した。
 それは晝間の殘暑も夜と共に袂を拂ふ秋風の心地よく深《ふ》けては露もそろそろ身にしむ頃。時候は全く違ふが、晝間一日芝居の人込《ひとごみ》から軈てこの露深い夜深の空、月の光は澄みながら狹霧につゝまれた人家の屋根、夜深けた街に吹き通ふ夜風の肌ざはり、向うの河岸通りを流して行く新内の撥音、又その邊の待合の植込越しなる二階の燈影――あたり一帶の樣子が氣のせいか、忘れやうとて忘れられぬ初ての夜に似てゐる。さう思ふと駒代は步いてゐながらも一度にわつとせき來《く》る淚。あわてゝハンケチに顏を蔽ひ、窃《そつ》とあたりを見廻したが、幸に廣大な農商務省の建物に片側は眞暗な往來。いつもならば丁度時間も場所も送迎ひの藝者の車。日吉、大淸、新竹、三原、中美濃なんぞの提灯《かんばん》星の如くなるを、どうした拍子か後にも先にも見渡す往來は寂《しん》として、唯釆女橋の方から自働車が一臺と、ぶら〳〵步いて來る藝者二三人が大分醉つてゐるらしい高話と笑聲。駒代は急いで木挽町の四角を左へ折れるが早いか、見當り次第に何處といふ事なく唯|灯《あかり》のない眞暗な露地へ身をかくし、兩袖を顏に押當てたまゝ其の場に蹲踞《しやが》んで思ふさま泣きたいだけ泣いてしまはうと試みた。駒代は誰も人のゐない處で、誰にも慰められず妨げられず、ただ自分の氣のすむかぎり泣いてしまひさへすれば、其の後はどうやら氣が落ちついて人の話も耳に入るやうになることをば、生付寂しい氣質の癖として自分ながらよく承知してゐるので、何か其場の思案に餘るやうな事があると先づ何より先に人のゐない處へ、それも出來ない場合には押入へ首を突込んで無理に一泣《ひとな》き泣いてしまふのである。後になつて我から可笑しいとも思ふ此の妙な癖は、秋田の遠い田舎へ片付いた時、右を見ても左を見ても、旦那の外はまるで話の通じない人ばかりの中に月日を送つた折、いつともなく習慣《ならはし》となつたのである。駒代はその事をもよく承知してはゐるが、一度妙な癖がついては直したいにもなか〳〵直されるものではない。ましてやその後は今日が日まで泣きたいと思ふ事のみ年々に增え行くばかりで直さうにも直す暇がない譯。駒代は露地の暗闇に一泣き泣いてゐる中何の譯もなく不圖自分は一生涯泣いて暮すやうに生れて來たのかも知れないと思ふと、また更に悲しくなつて此間兄さんとお揃ひに誂へたばかりの長襦袢の袖をも絞る程にしてしまつた。
 自働車が砂をあげて馳過ると耳元近く犬の吠出す聲に、駒代は已むを得ず露地口を立出で足の向く方へと歩きかけたが、するとつい二三間先へお座敷の歸りと覺しい藝者二人、何の話かわからぬが、駒代の耳にはつきり聞えた「濱村屋の兄《にい》さん。」と云ふ一語《ひとこと》。駒代は急に足音を忍ばせ人家の軒下をさとられぬやうに一|步《あし》でも近く寄つて立聞きしようとする。それとも知らぬ藝者二人は遠慮なく、
「たしかに濱村屋さんの兄さんよ。羨しいわね。何處《どこ》へ行つたんだらう。」
「それぢや賭《かけ》しませう。わたし明日《あした》默《だま》つて駒代姐さんとこへ電話をかけて見るわ。さうしてもしか濱村屋さんだつたら私活動をおごるわ。」
「それぢや私が負けたら私の方がおごるわ。然《しか》し鳥渡《ちよいと》。もしか濱村屋の兄さんと外の藝者衆と二人だつた日にや大變よ。私逹まで駒代姐さんに疑られちまふから、滅多に電話なんぞ掛けない方がよくツてよ。」
「さうねえ。一|體《たい》瀨川さんには駒代姐さんとそれから誰なの。」
 問はれて一人は何と答へるかと駒代は覺えず片唾を呑んだかひもなく、又向から驀直《まつしぐら》に走つて來る自働車に話はそれなり途切れたばかりか、二人の藝者は丁度來掛る待合何家の格子戶、外から女將《おかみ》さん今晩は。と云ひながら這入《はい》つてしまつた。駒代はもう氣が氣でない。前後《あとさき》の事情は何の事やら分らぬが、兎に角耳にはいつた一|語《こと》二|語《こと》、これやかうしては居られない。兄《にい》さんが自分に話をして出て行つた久津輪《くつわ》へ電話をかけ、兄《にい》さんが居るか居ないか聞正して見なければならない……差支のない唯の御座敷なら自分の声と知れたとて、別に可笑《をかし》い事はない筈、何故早くさう氣がつかなかつたのだらうと、駒代は元《もと》來《き》た道を駈けるがやうに宜春に戾り、矢庭に帳場の電話器を掴んだ。
 然し流石に聲だけは落ちつかせて、「久津輪家さんですか。鳥渡恐れ入りますが瀨川さんを電話口まで……此方《こちら》ですか、はい、此方は、あの、瀨川の宅ですが。」
 暫く待つても返事がない。遂に癇癪を起して無暗に相手を呼出すと折惡く混線と云ふ始末。側にゐた女中のお牧が見兼ねて代り合つて掛け直すと、「もうお宅へつく時分で御座いませう。」と云ふ返事。此方《こつち》が瀨川の宅と云つた丈けにそんな筈はありませんとも問返されず、駒代はがつかりしながら大方こつちへ來るつもりで其樣《そんな》事《こと》でも云つたのかと、暫く待つてゐたが、いつの間にか時計は十二時を打出したのに、俄にまた急立《せきた》つて今度は宜春で駒代がお待ち申して居りますからと大びらに名乗つて掛けると又しても好加減待たしぬいた後、矢張築地のお宅へお歸りですからとの事。いよ〳〵半狂亂。築地の家へ電話をかけると唯留守で御座います。
 瀨川一糸が行衞はこゝで全く不明になつてしまつた。兎に角十二時になつては待合の門は閉《し》めなければならない。女中のお牧はさすがに氣の毒と思つてか門の扉を片方だけたて「もう入らツしやりさうなもんだ。」とわざと獨言のやうに云ひながら往來へ立つてゐると、突然何處から出て來たのか丈《せ》の低い洋服の男大分醉つてゐるらしくよろ〳〵とお牧の側へ寄りかゝつて來さうなのに、お牧はびつくり、周章《あわて》て門を閉めやうとすると、醉漢《よつぱらひ》は猶|周章《あわ》てゝ、
「おい〳〵待つてくれ。僕ぢや駒代さんは來てゐないか。」
「あら昨夜《ゆうべ》の……どうも失禮、ほゝゝゝほ。」
「僕だよ。山井だよ。」と云ふより早く馴れたもので山井はお座敷が生憎《あひにく》なぞと斷られない先に早くも靴をぬぎ捨てゝ上つてしまつた。

 十九 保名

 二三日たつと都新聞に「狂亂心の駒代」といふ見出しで一段半程の艷種が出た。去年の秋歌舞伎座の演藝會で保名の狂亂今年の春は隅田川、二度つゞいての狂亂に當りを取りめつきり賣出して今では新橋中この名妓ありと誰知らぬはなき尾花家の駒代が、しかも芝居の初日の夜、大事な〳〵濱村屋の太夫を橫取りせられ寢やうとすれど寢られねば日の出るまでも待ち明かす、あらうつゝなの妹瀨川、土人形にあらざれば悋氣もせずにおとなしう此の儘だまつちや居られぬと、舞のお扇子踏みしだき狂ひ狂ひし一夜の始末、すべて保名の淨瑠璃|深山《みやま》櫻《ざくら》兼及《とゞかぬ》樹振《えだぶり》の文句をもじつた記者先生が筆のいたづら。然しこれだけの事なら元より眞僞は不明な新聞の記事。浮いた家業の仲間には更に珍しい筈もないので、普通《あたりまへ》ならば噂されるそばから直ぐに忘れられてしまふのであるが、不思議にも今度の事のみは湯屋、髮結、茶屋の箱部屋、師匠の稽古場なんぞ、およそ藝者の集る處には日を經るに從つていよ〳〵噂が噂を產んで行くのであつた。それは新橋から見物に行つた連中が誰も彼も一人として君龍の姿を見ないものはない。大入つゞきの興行はいつかもう中日近くなつてゐるのに、お前さんもかい、私もよと云ふやうに、君龍の姿は初日以來每日每日桟敷にあらざれば廊下樂屋にあらざれば茶屋か食堂、劇場内の何處かで必ず見掛けられるといふ事と、初日二日目には見られなかつた立派な緞帳幕、濱村屋太夫さん江として湊屋の力次を筆頭に其の家の抱五人の名を縫つたのが何でも四日目か五日目頃から中幕二十四孝の時に引下されるやうになつた其等の爲めであつた。する中に誰が云出すともなく濱村屋の太夫は來年の春先代菊如の名を襲ぐ折に君龍さんを女房にするとの噂が立始めると、現にもう取かはされた結納の品物まで見て來たやうな事を云出すものも出て來る。二人の夫婦約束は以前君龍が藝者に出てゐた時分からとうにできてゐたのだと傳へるものもあつた。
 この最後の噂は誰の耳にも至極尤らしく聞えた。と云ふのは昨日の浮いた噂が今日の結婚談になるのには何ぼ何でも事があんまり早過るやうに思つた連中もこれによつて始めてどうやら合點が行くからである。
 駒代はこの噂を聞くと共にいよ〳〵もう自分は駄目だと覺悟した。瀨川の方では此上もない便利な口實として此の噂を申譯にした。されば二人の間にはこの噂が果して事實であつたか否かについては一度も爭論されずにしまつたのである。一圖にさうと思ひ詰めて逆上《のぼせ》きつた駒代は男の薄情を怨んで泣く。男の方は逢ふ度每に怨まれ泣かれするのが辛く、言譯してもなか〳〵承知しないまゝについ持て餘して逃足を踏む。それに引替へ君龍の方は新手の勢何一ツ厭な事云ふ譯もないので、駒代との間がもつれゝばもつれるほど君龍との情交は濃《こまやか》になるばかり。或日二人はかの久津輪と云ふ待合で、
「世間ぢや專ら僕逹は結婚するんだつて言つてるぜ。何かと云ふとすぐ結婚の評判だ。」
「ほんとに御氣の毒さまですね。」
「お前さんこそさぞ御迷惑でせう。相濟みません。」
「あら。どうして私が迷惑なんです。伺ひたいもんですね。」
「かう評判になつちまつちや、當分お前さんこそ何處へも行かれやしないぢやないか。」
「ですからさ。私はまことに兄さんに御氣の毒だと此方からさう云つてゐるんぢやありませんか。折角駒代さんと云ふ方がおあんなさるのに私が出た爲めに、その方の事がどうかなるやうだつたら私はほんとに申譯がありませんわ。」
「駒じるしの話は禁句だよ。だが不思議な話があるもんだね。お前さんと私とはずつと以前に、お前さんが力次さんの家にゐた時分夫婦約束をしたんだツて云ふ評判だよ。お前さんは其中旦那が出來て身受をされたんで一時別れ〳〵になつてゐたんだとさ。力次さんもなか〳〵人が惡いよ。現にその事を力次さんに眞實《ほんと》か虛言《うそ》かツてきいた藝者衆があるんだとさ。すると力次さんはそれア全くだつて云つたさうだ。僕も人から何の彼のと聞かれると面倒臭いから皆ほんとうだつて、さう云ふのよ。駒じるしにもさうだと云つてやつたよ。」
「さうしたら、どうしました。」
「どうしたか、それきり逢はないから知らない。」
「全く不思議ねえ。全く昨日今日のやうな氣がしないわね。どうしてこんなに成つてしまつたんでせう。兄さん。」
「何だい。」
「兄《にい》さん。ほんとうに末始終見捨てないで頂戴よ。」と君龍は女心の譯もなくほろりと淚を落した。
 瀨川は其夜誘はれるまゝに以前は妾宅であつた濱町なる君龍の家に泊ると、一晩が二晩三晩になり遂に其のまゝ其處から芝居へ出勤するやうになつた。すると男衆の綱吉に車夫の熊公二人がつゞいて其方《そつち》へ引取られた。奧役始め其他芝居の關係者で瀨川に急な用事のあるものは自然濱町の家へ尋ねて行く事になるので、築地の住居は隱居所、濱町は表向門札こそ出さぬがどうやら本宅らしく、いつも丸髷に結つた君龍はもう事實の女房である。
 すると繼母のお半は何がさて置き君龍の財產を賴母しく思つた爲か、わざ〳〵濱町の方へ出向いて來て何分にもどうぞ忰をよろしくとの賴み、やがて返禮に來た君龍をば下へも置かずもてなした處から、君龍の方でも實の母同樣に慕はしく思込むと云ふ風、二人は忽連立つて新富座のみならず帝國劇場や市村座なんぞ他の芝居へも見物に行く間柄になつた。
 此の間に湊屋の力次は新橋の茶屋々々藝妓仲間を始めとして知合の役者藝人逹へも何とつかず遠廻しに君龍の方へ利益のあるやうな、同情のよるやうな噂の種をば絕えず振り蒔いてゐた。

 二十 朝風呂

 午前《ひるまへ》の十一時頃、丁度浴客の途絕えた日吉湯の大きな湯舟を唯一人わが物にして、いかにも好心持さうに暖《あつた》まつてゐるのは、尾花家の主人吳山老人。アゝゝゝゝと遠慮なく大きな叭《あくび》と諸共痩細つた兩腕拔ける程に伸びをした後、高い天井の明《あか》り取窓《とり》から麗《うらゝ》かな冬の日の斜に、まだ汚れぬ新湯の中へさし込んで來るのを面白さうに眺めてゐた。折から、がらりと表の硝子戶を明けて這入《はい》つて來た四十|面《づら》、色黑く頸筋逞しく肩幅も廣いのに、似もつかぬお召の一つ小袖、襟垢少々目に立つをぞろりと着流し、前の方だけ角帶の體裁をなした縮緬の兵兒帶、羽織は着ず鼻下には薄髯大事さうに生やした樣子、新聞記者とも代言人とも見えずさりとて元より堅氣の人とも受取りにくい。着物をぬぎながら壁にかけた芝居寄席なんぞの番付、眺めると云ふよりは檢閲するとでも云ふやうな癖のある眼付で橫目に睨み、中仕切の硝子戶手荒く明け放つて、大股に浴槽へ步寄り身體《からだ》をしめしかける處へ、中から吳山老人思ふさま暖まつてぬつと立上る。顏を見て此方《こなた》は、「や。」と無造作に書生風の挨拶。そのまゝ飛込まうとしたが、ちと熱過ぎて這入り兼ねる樣子。吳山はわざと當付けたやうに、
「寶家《たからや》さん、湯は錢湯にかぎるね、便利なやうだが家の風呂桶ぢや鼻唄も出ねえ。」と又もや出かゝる叭《あくび》を嚙みしめるも道理、吳山は別に怨も何も無いが唯何となしに寶家の亭主の樣子が嫌ひなのである。舊《もと》は壯士役者の下廻とやら、つい四五年前までは寶家と云へばお客も、藝者も、あゝ彼の家かと新橋中知らぬものなき水轉屋、その爲め忽の中に身代をこしらへたとなると、今度《こんど》は俄に藝のいゝもの二三人を抱えて、目ぼしい茶屋々々へは心付《こゝろづけ》を惜しまず、いつの間にやらすつかり店を出し直し、去年組合にごた〳〵があつて世話人改選の折運動して其の一人となり、そろ〳〵羽振をきかし始めたのである。當世の新聞言葉を借りて云へば寶家の此の發展振りが、吳山老人には何處となく當世成上り紳士の成上り方と同じやうな氣がして胸が惡い。初手は見得も糸瓜もかまはず、さもしい事の有りたけ爲盡して少し工面がよくなると、忽ち利目《きゝめ》々々へ金で手を廻し、以前の身分を忘れて大きな顏をし出す。それも政治家實業家株屋なんぞならばまだしもの事、全體藝者家の亭主なんぞといふものは粹が身を喰つた果の洒落半分、萬事垢拔のしたものと、吳山は若い時分の考へが今だに拔けぬ處へ、寶家の亭主の風を見れば第一に鼻の下の髯からが氣に入らず、世話人になつてからの働きやう、會計報告だの何だのと組合の相談をば株式會社の總會かなんぞのやうに、何かと云ふとすぐに演舌口調で辯じ立てる、それが唯片腹いたくて成らないのである。
 然し寶家の方ではそれほど嫌はれてゐるとは氣のつかぬか、或は氣がついてゐても押の太いと如才ないとが成功の秘訣と上手《うはて》に出て行くつもりか、老人が叭《あくび》かみしめながらの生返事も一向平氣で、
「先生、席亭の方はあれ以來ずつと御休業ですか。」と湯船の中から話しかける。
「もう此の年になつちや出たくも出られませんや。」と老人は流しへ坐つてあばら骨の出た橫腹を洗ひながら、「出た日にや席亭は迷惑、御定連は猶御迷惑だ。」
「近頃はいゝものが掛らないせいか寄席は淋しくなりましたな。時に先生、實は其中御相談に上らう〳〵と思つてそのまゝ私もいそがしいもんで……。」と寶屋はそれとなく四邊を見廻したが、元より男湯には二人きり、女湯は寂として物音なく、番臺の上には婆さんが眼鏡をかけて一心にときものをしてゐる。
「實は何ですよ。是非一つ世話人になつてお貰ひ申さうと云ふんです。席亭の方をお休みなら自然お暇もありませう、是非一ツ吾々の事業を助けて頂きたいんだが……。」とそろ〳〵例の演舌口調。寶家は組合中へ自分の勢力を張るには自分より古顏の世話人を段々によさせて、其代りに毒にも藥にもならない人物を推薦しつまり自分一人いゝやうにしようといふ下心。吳山は新橋中では一二と數へられる古看板尾花家の名前主、頑固一點張の意地の惡い爺で通つてゐるが、然し其の代に極く淡泊で慾と云ふもの微塵もない善人である事も土地のものはよく知つてゐるので、寶家は自分の舌三寸で云ひまるめこの爺を世話人の數に入れゝば、こまかい事は却て面倒がつて口を出さぬは知れてゐるので結句なまじつかな者に出られて權力爭ひをされるよりは餘程ましだと考へてゐる。それと知つてか吳山は情《すげ》なく、
「いや、そいつア御免を蒙りたいよ。家《うち》の嚊も近頃はめつきり弱つてゐるし私《わし》だつてもう取る年だ。とても世話人は勤まりやせん。」
「困《こま》つたな。兎に角尾花家さんと云へば土地の古顏だ。何しろ人望家だから……。」
 其時三助が「大分お寒くなりました。」と寶家の脊中を流しに出て來たので、寶家はそれなり話を中止する。折から相前後して這入つて來る浴客の一人は金緣の眼鏡をかけた色の生白い三十年輩、土地で金滿家と云ふ評判の女髮結お幸さんの男妾同樣の亭主。舊《もと》は活動寫眞の辯士とやら。他の一人はでつぷり肥つて頭の禿げた五十前後、市十といふ鳥料理屋の親方である。病氣らしい十二三の男の兒の片足俗に云ふ家鴨足になつたのを連れ、いづれも知合つた近所の人とて互に今日は〳〵はと挨拶しながら浴槽へはいる。自然話は二手に分れた。市十は吳山を相手に、髮結の亭主は寶家と、これは各地の藝者のはなし。やがて寶家は何か思出したやうに、
「近頃は新橋にもさう云ふ藝者が現はれたんで、實は内々組合の中でも土地の名譽にかゝはると云つて苦情を云ふものも有る始末さ。」
「へえ、何て云ふ藝者だね。」
「まだ御存じがないのかね。蘭花ツて云ふのさ。」
「どこの抱《こ》だ。」
「弘めをしてからまだ物の一月もたちやしないんだが、もう新橋中知らねえ者はねえ位だ。」
「へえゝ。話を聞いたゞけでも凄《すご》いねえ。」と髮結の御亭主興に乗って顏に塗つた石鹼の眼にしみ入るのも洗ふ間《ひま》なく、「どんな女だい。いゝ女かい。」
「いけない〳〵うつかり好いなんぞと云はうものなら、後でお幸《かう》さんに恨まれる。」
「さう云はれると猶の事見たくなるねえ。」
「はゝゝゝは。吾輩《こちとら》が見ちやテンデ藝者になつてやしねえ。まア二度びつくりの方さ。然し評判といふものはおそろしいもんだ。彼方《あつち》此方《こつち》で寄ると觸《さは》ると變な藝者だ、變なまねをする藝者だといふのが評判になつて、忽ちの中に賣出したんだからな、隅にや置けねえ悧巧な女さ。」
「一體どんな事をするんだい、裸體踊か。」
「裸體《はだか》にや違ひないが、雨しよぼ見たいな下等な踊ぢやない。實は僕も家《うち》で妓《こども》に聞いた話なんだから、しつかりした事ア知らないが、踊るんでも何でもない、一|口《くち》に云へば唯お座敷で裸體を見せるんだね。西洋の寄席にやさう云ふ藝をするものがいくらもあるんだとさ。西洋のこれは何處《どこ》其處《そこ》の何と云ふ名高い石像で御座いとか何とか口上を云つて其の通りな形をして見せるんだとさ。眞白な肉襦袢を着て髮の毛も石像に見える樣に眞白な鬘をかぶるんだとさ。だからね、此奴《こいつ》アうつかり苦情も持込めないんだ。兎に角新しい女とか云ふ奴で、理窟を云はせちや切《きり》のねえ奴《やつ》に違ひない。現にお座敷で大層な事をぬかしてるさうだ。每年文展で裸體畫問題が起るのは要するに日本人には裸體の美がよく分らないからだ。實に歎はしい事だから上流の紳士に美術的修養をさせる爲めにかう云ふ事を思ひ立つてやり始めたんだと言つてるさうだ。」
「へえ、大變なものが現はれたもんだな。ぢや、兎に角僕も一ツ美術的修養をしに行かうや。」
「振《ふ》りで掛けたつて來《き》やアしないとさ。何でも每日お約束の三ツ四ツもあるんだつて云ふ事だ。馬鹿々々しいぢやないか。」此方は鳥屋の市十と吳山。そんな色つぽい話とはちがつていづれも年寄の愚痴話。濕つぽい因果話である。
「この兒も今年十二ですがこの始末ぢやア仕樣がありやせん。此頃ぢや小學校もよさせました。」と市十は靑ざめた忰の背中を流してやりながら、「やつぱり殺生の報なんでせう馬鹿にや出來ません。」
 子供は足のわるいばかりでなく全身の發育も甚だ不充分精神の働きも餘程萎微してゐるものと見え、氣のぬけたやうにぼんやりして別に物も言はねば惡戲《いたづら》もせず、唯うつとりと有らぬ方を見詰めてゐる。吳山はいかにも氣の毒さうに親子を見くらべながら、
「昔からよくそんなことを云ふが、それがほんとうだつたら魚河岸の若衆はみんな片輪でなくちや成らねえ筈だ。鰻屋をすると矢張いけないと云ふものがあるが、鰻も肴も生物に變りはねえ。氣は病ひだよ。現に私なんぞも矢張忰の事ぢや今だに泣かされてゐるのさ。」
「瀧次郞さんと云ひなすつたツけね。どうしましたい。」
「いやはやお話にやなりません。三年前にちよつと噂をきいた時にや、何でも公園の銘酒屋にゐると云ふ話だつたから、餘所《よそ》ながら樣子をさぐり意見のしやうもあればして見やうと、一時は思ひ切つた忰だが、そこは血を分けた親の情だ。私やわざ〳〵たよりたよつて近所の銘酒屋へお客のふりをして上り込んだよ。」
「ふむ。親の身になりや誰しも同じ事だ。」
「私《わし》ア近所の評判をきいてがつかりしたね。これア天魔が魅入つたにちげねえ。なまじ顏を見たり意見をしたりすれア思ひがますばかりで、とても望のねえものならこれア矢張後生のさわりの無えやうに此儘逢はずにしまふがいゝと、それなり歸つて來て、私ア十吉にもその事は今だに話をしないのさ。」
「へえ、どんな事ですえ。」
「いやはや、話にも何にもなりやしません。瀧の野郞は一ツ家に寢起してゐれアまア何が何だらうとまアおのが女房も同樣だ。その女房同樣の女がお客を取るのを見ても平氣の平左衞門どころの事ぢや無え。自分《うぬ》が先へ立つて知合の友逹へ出すやら、又其の女をば途法もねえ活動寫眞の種に使つてお上の目をぬすみ、取つた金は右から左へとみんな博奕に使つてしまふんだと云ふ話さ。近所ぢや同じ家業の白首までが、瀧の事は糞味噌にわるく云つて、女が可哀《かあい》さうだと云つて居る始末さ。人間さうまで腸が腐つちまつちやもう駄目だ。乃公アその話を聞いてきつぱり見かぎつてしまつたが、行末はお上へ御厄介をかける不屆者だと思ふとどうも氣がゝりでならない。これも何十年博奕打の話で飯をくつた報かとそんな氣もするのさ。」
 その時表の硝子戶をあわたゞしく引明けて、駈け込む女中らしい女、息をせい〳〵切らしながら、
「旦那、旦那、尾花家から參りました。」
「何だ〳〵。いけ騷々しいな。」
「姐さんが大變です。」
「何だ急病か。よし〳〵身體《からだ》を拭いてくれ。」

 二十一 とりこみ

 尾花家の姐さん十吉は既に今年の春輕くはあつたが腦溢血で出先の茶屋で倒れた事があつた。それ以來好きな酒もぱつたり止め煙草も成りたけ吸はないやうにしてゐたのであるが、今日しも午後《ひるすぎ》二時といふお座敷に間に合ふやう髮を結つて歸つて來るといきなり電話口でばつたり倒れたなり人事不省、たゞ大きな鼾《いびき》をかくばかりとなつた。
 内箱のお定は丁度出先の茶屋待合へと勘定取に出步いてゐる最中、お酌二人は稽古に、花助はお參りに行つた後なので、家にゐたのは御飯焚のお重と駒代だけ、駒代も今日は新富座が千秋樂なので、そろ〳〵湯にでも行つて來やうかと鏡臺から鬘揚げを取出さうとした處へ、御飯焚が「誰か來て下さいよ」と大聲に呼び騷ぐのにびつくりして駈降るとこの始末。駒代はうろ〳〵してゐるお重をば錢湯へ走らして吳山を迎ひにやり、醫者へ電話を掛け、倒れた十吉をば居間へ連れて行きたいにも一人ではどうする事も出來ないので、奧から搔卷《かいまき》を取出して介抱してゐる中吳山とお重が息せき歸つて來たので三人してやつと一先奧の居間へ寢かしつけた。間もなく醫者が來ての診斷。今日一晩經過を見なければ何とも返事が出來ない。今のところ、なまじ病院なぞへ身體を動かしてはいけない。唯靜にぢつと寢かして置くより仕樣がないと手當の次第を吳山に言含めて歸る。やがて看護婦も來る。出てゐた家のものも追々歸つて來て看病の手順もどうやら揃ひ、ほつと息をつく間もなく、今度はそれからそれと聞きつたへて見舞に來る藝者、藝者家の亭主、待合のおかみ、幇間、箱屋の面々、格子戶の開閉《あけたて》絕ゆる間なく、電話は鳴りづめの有樣、これでは大抵丈夫な人間も病氣になる程の混雜。内箱は電話の取次に飯《めし》を食ふ暇もなく、駒代と花助は表の店口で見舞の人逹への應接にこれも煙草吸ふ暇もない程であつたが、いつか家中の電燈に灯《あかり》のつき初《そ》める頃になつて、見舞の人の出入は稍靜になつた。
「駒ちやん。今の中に何かさう云つてお腹をこしらへて置かうよ。お前さん、何がいゝ。」
「さうねえ。今日は朝からまだ何にも食べなかつたんだよ。何だか最《も》う何《なん》にもたべたくなくなつ了《ちま》つたわ。」
「洋食にしよう、世話がないから。」と立掛けた途端に電話が鳴り出した。花助は進寄つてハイ〳〵と何か受答《うけこたへ》をしてゐたが、「鳥渡待つて下さい――――駒ちやん、宜春さんのおかみさんよ。新富座からですつて。」
 駒代は電話口へ出て、「あら、さうですか、何とも申譯がありません。實はね、おかみさん、家にちつと取込みがあつて――姐《ねえ》さんが病氣なのよ。それで今まで電話を掛ける暇もないんでせう。ほんとに申譯がないわ。」それから何やらひそ〳〵と暫く話をして、左樣ならと電話を切つた。
「駒ちやん、今日は新富の落《らく》だつたねえ。私やすつかり忘れてゐたよ。お前さん、行かなくつちや惡いだらう。」
「今、私《わたし》もう斷《ことわ》つてやつたわ。何ぼ何でも今日は出られないもの。」
「何《なに》、かまうものかね。素人家《しもたや》ぢやあるまいし、お座敷がかゝれば出て行くのが商賣ぢやないか。鳥渡行つておゐでよ。今夜《こんや》私は丁度、どこも受けてゐないんだから。御見舞に來る人の挨拶なら私がこゝでしてゐるからさ。構はないよ。姐さんも大分靜におさまつたらしいし、今の中ほんとに鳥渡《ちよいと》顏だけ出しておいでよ。」
「今日はまだお湯にも行かないし、髮もこんなだし……。」と駒代はまだそれ程に亂れてもゐない銀杏返の眞中を指で摘んで、わざと毀《こは》すやうに手荒く搖動《ゆりうごか》し、じれつたさうに頭を振つて、「先《せん》の中《うち》見《み》たやうなら、それアどんな無理をしても行かなくつちや惡いけれど、何しろ先《さき》が先《さき》だもの張合がありやしないわ、なまじツか顏を出して厭《いや》な事を見たり口惜しい事を聞いたりするよりか、私や一層もう何處《どこ》へも行かないでゐる方がいゝわ。」
「お前さんはそれだからいけないんだよ。そんな氣の弱い事を云つてゐるから、いゝ氣になつて勝手なまねをするんだよ。私なら人の前だらうが何だらうが構やしない、どし〳〵面《つら》の皮を引ン剝《む》いてやるから……。」
「いくら何をしたつて、心變りがしちまつたものは仕樣がありやしないわ。私アもう、つく〴〵懲りたわ。」と駒代はきつと思詰めたらしい調子で、「花ちやん、私ア兄《にい》さんがいよ〳〵さうと極《き》まれば、何ぼ何でも氣まりがわるくつて人樣にだつて顏向けが出來ないから、もう此の土地にや居ないつもりよ。」
「まアこの人は、物事を惡い方にばつかり考へるんだよ。男つてものは新色が出來ると其の當座は誰しも夢中になつて逆上《のぼ》せるものだとさ。だけれども元木にまさる裏木はないやね、ぢつと辛棒さへしてゐればいつか實意が通るからさ。まア何の彼のと云つてゐないで、早く鳥渡顏を出しておゐでよ。惡い事は云はないから……。」
 駒代は行くの行かないのと口では云ふものゝ矢張行かない中はどうも氣がすまないので、花助にかう云はれて見ると今まで我慢して居たゞけに猶更矢も楯もたまらぬやうな氣がしだして、
「それぢや私《わたし》鳥渡行つて來やうか知ら。姐さんは大丈夫だらうね。」
「用があれば私がすぐ電話を掛けるよ。」
「花ちやん、ほんとうにすまないわね。」
 駒代はそつと勝手へ行つて自分から癖直しの湯を取り靜に二階へ上つて鏡に向つたが、今日に限つていつも騷しくて仕樣のない程な二階に人氣のない淋しさ、煌々とつけ放《ぱな》しになつた電燈のわが向ふ鏡の面に輝くのも氣のせいか薄氣味が惡い。いつもなら箱屋に着せて貰ふ着物も簞笥から一人で取出し何も彼も一人でする身仕度、帶のしまりやら衣紋のつくりやう何となく心持が惡いながら、駒代は人氣のない二階の寂しさに少しも早くと逃げるがやうに立掛ける。その足元にばたりと落ちた長いもの、はつと思はず後じさりして能く見れば、赤銅《しやくどう》色《いろ》繪《ゑ》細具《ざいく》の糸車の金具をつけた自分の帶留であつた。これはそも〳〵兄《にい》さんと馴れそめた當初、宜春を出て散步ながら家の角まで兄《にい》さんに送られて歸つて來る道すがら通りかゝる竹川町の小間物屋濱松屋の格子戶口、兄さんはがらりと明けて内へ這入り、いろ〳〵珍しい袋物や金具を見せて貰つた折、糸車の金具が目につき駒代は嬉しい一糸の名に緣があるからと早速それを買取ると、兄さんは駒代にちなむ春駒の金具をさがし出した。濱松屋といふのは兄さんの家へは先代の時分から出入する小間物屋で、成田屋音羽屋高島屋立花屋をはじめ名高い藝人衆の腰のもの懷中のものはこゝでなければ成らぬ樣になつて居るとやら。
 駒代は足元に落ちた大事な糸車の帶留を取上げ締め直さうとしてよくよく見るといつどうしたものか裏座の具合が惡くなつてゐて、〆めてもすぐにはづれてしまふ。何かとつまらぬ事が氣にかゝる矢先、駒代は云ふに云はれぬ淋しい厭《いや》な氣がしたが、どうする事も成らぬので、以前から持古した眞珠の帶留にしめ替へて、梯子段踏む足音も忍び〳〵悄然《しよんぼり》と出て行つた。
 やがて向うへ行きつくと駒代はすぐに今日ほど間の惡い厭な日はない、矢張《やつぱり》あれが爭はれぬ前兆であつたと獨りで思詰めてしまつた。まづ茶屋の店口へ車を乗りつけても時刻ちがひの事とて誰も出迎へるものがない。仕方がないので默《だま》つて上《うへ》へあがり暫く待つてゐるとやつとの事で知つた顏の女中が急しさうに二階から下りて來たので、案内してくれといふと先程宜春のおかみさんがお歸りの時もう後からは誰も來ないからと云ふので、場所はたつた今よん處ない外のお客へ廻してしまつたとの事、女將《おかみ》が出て來てひたあやまりに謝罪《あやま》り、やがて別の穴をさがして其處へ駒代を案内したが、それは新高のしかもずつと末の方なので、とても氣まりが惡くつて駒代は一人ぽつねんと坐つては居られないやうな氣がしたのでその儘廊下の通口に佇立《たゝず》みそつと場内《じやうない》をのぞくとすぐ目についたのは東の鶉の中程に色敵の君龍が赤い手柄の大丸髷、並んで湊家の力次と久津輪の女將。それから瀨川の繼母お半までが一|緖《しよ》になつてゐて、何やら睦じ氣に話をしてゐる樣子。駒代は君龍が已に繼母のお半までをあのやうに抱込んでしまつたのかと氣がつくと、實に何とも云へない程情ない心持になつた。駒代の目にはお半と君龍の話合つてゐる樣子が既に仲のよい嫁姑であると云ふやうに見え、自分はいつか知らぬ間に赤の他人にされてしまつたやうな氣がしたのであつた。悲しいのも口惜しいのも既に通り越してしまつたものか淚さへ出ず、唯大勢知つた人に顏を見られるのが耻しく辛い氣がして、駒代は丁度幕の明いてゐる舞臺の狂言は何であつたか其樣《そんな》事《こと》にはもう氣がつかず、夢中に芝居を出て一目散に家へ歸り、二階へ上るが否や鏡臺の前へ突伏《つツぷ》した。

 二十二 何やかや

 尾花家の十吉は倒れてから三日目の曉方とう〳〵あの世の人になつた。菩提所なる四谷鮫ケ橋の○○寺といふへ葬り初七日の法事もすまし香奠返の袱紗饅頭もくばり終つて萬事の後片附もやう〳〵濟んだかと思ふと、今度は忽ちさし迫る年の暮。商賣の事は幸物馴れた箱屋がゐるとは云へど、何しろ姊さんがなくなつてしまつた後、吳山老人|一人《ひとり》では抱《かゝへ》の藝者半玉に着せる春の仕度もどういふ風にしてよいやら、萬事途法に暮れるのみなので、吳山は既に初七日の夜懇意な人逹の寄合つたのを幸ひ、此の先男の手一つではどうにもならぬから、藝者家は此の儘望むものに讓るか賣るかして、自分はどこかの二階でも借りもう一度高座をつとめて、この先長からう筈もない餘命を送らうと、それとなく決心の程を漏したのであつた。
 出先の茶屋々々へ歲暮の進物は箱屋のお定が昨夜殆ど寢ずに始末をつけ、今日は午前の中にまづ重な處へ配つて步いた。吳山は每日のやうに用簞笥や文庫の中の書付を調べるのに忙しい折から、冬の日ながらも額に汗をかきつゝ歸つて來たお定の樣子。
「いろ〳〵御苦勞だつたな。」と吳山は枠の太い眞鍮の老眼鏡をはづして、「大抵にして休むがいゝぜ、あんまり身體《からだ》をつかひ過ぎて、こゝでお前に寢られでもしやうものなら、それこそ法がつかねえからな。時にお定、手がすいてゐるなら鳥渡此方へ這入《はい》つてくれ。まだいろ〳〵と聞いて置きたい事があるんだ。」
「なんで御在ます、私で分ります事なら。」
「實は藝者衆の始末だがな……二階ぢやアもう大槪の事は知つてゐるだらうな。まだ改めて咄しはしねえのだが、てんでに何か相談でもしてゐる樣子か。」
「花助さんは旦那からお話があれば何處か外の家へ住替へやうと云つてゐましたつけ。」
「さうか。菊千代は好鹽梅に去年身受になつたし、今のところは花助と駒代と二人、後は小さいのだから此アどうにでもなるだらう。」
「駒代さんは何ですか田舎へ行きたいつて云つてるさうです。」
「なに、田舎へ行きたいつて。氣でもちがつたんぢやねえか。乃公《おら》アいよいよ駒代が濱村屋の家へ乗込むと云ふ事に咄がきまれば、これアこゝだけの話だが……此の際の事だ。丁度いゝから證文位はきれいに卷いてやらうかと思つてゐるんだ。」
「あら旦那、もうそんな景氣のいゝ話ぢやありませんよ。もうとつくに駄目なんですよ。」
「へえ、さうかい。切れたのかい。乃公《おら》ア事によつたら及ばずながら仕度もしてやりていと思つてゐたんだが、もう緣が切れちまつたのか。」
「その邊《へん》のとこはよく分りませんが、兎に角おかみさんにや到底《とても》六ケ敷さうですね。」
「さうかい。これだから、萬事年を取つちや不可《いけ》ねえや。色ツぽい話と來たらちつとも樣子がわからねえ。」
「濱村屋さんのおかみさんには、何ですか、來春早々以前湊屋で君龍さんと云つた人がなるんだつて、彼方でも此方でも大變な評判です。」
「ふうむ。さうか。それで此の土地にや居られねえから田舎へ行かうと云ふんだな。可哀さうに。然し駒代もあんまり意氣地がなさ過るぢやねえか。何か文句の一つも言つてやりやアいゝに。」
「私もよくは知りませんが、花助さんの話じや一時はハタで心配する程大變な騷だつたさうですよ。私も若しや萬一の事でもあつてはと内々心配してゐたんですが、丁度姐《ねえ》さんの御病氣やら御葬式やらで、それが爲め却つて駒代さんも氣がまぎれたと見えて今ぢやどうやら御自分でも締めをつけて御居でなさるやうですよ。」
「先《さき》の女ツて云ふのは別嬪かい。」
「先《せん》の君龍さんなら知つてますけれど其れほど別嬪でもありませんね。然し大柄で身長《せい》も高いし、ぱつと目につく方ですよ。それにね旦那、御《ご》容色《きりやう》よりか何でも大變な持參金付なんだつて云ふ話ですよ。それで濱村屋さんもすつかり氣が變つてしまつたんだといふ事です。」
「ふうむ。さうか。金に目がくれたのか。そんな野郞なら此方《こつち》から止す方がいゝ。然しさぞがつかりしたらう。かわいさうに。」
「旦那がさう仰有つてたと云つて聞かせたら駒代さんもどんなに嬉しいと思ふか知れやしません。」と云ふ折から電話の音に箱屋のお定は坐を立ち出入口の襖を閉めると、六疊の居間は日の短い盛りのころとてさき程午飯をすましたばかりなのに早や薄暗く、佛壇の燈明が金箔の新しい位牌へぴか〳〵映るのが忽ち目に立つ。吳山は腰をさすりながら立上つて電氣を揉《ひね》つたついで、消え殘つた線香に火をつけ、再び抽斗の調べものに取掛かつた。
「うむ、これア駒代の證文だ。」と吳山は公正證書に添へた戶籍謄本を眺め眞佐木コマ、明治二十――年――月――日生、父亡、母亡と讀みながら、「兩親とも居ないのだな。」
 駒代は丁度小學校へ行きかけた頃母親に死別れてその後に來た繼母が邪見であつたとかと云ふので里方の祖母の方へ引取られ其處で成長する中左官であつた實の父も死んでしまひ祖母も駒代が秋田へ片付いてゐる中に死んでしまつたので、今は兄弟も何もない全くの身一ツである。
 吳山は此れまで藝者家の事一切は十吉のなすまゝにして、たまさか相談される事があつても、女の商賣に男が口を出しても仕樣がねえ、女の事は女同志で收めるがいゝと云つて深く立入つた事がないので抱の證文なぞ手に取つて見るのも全く今が始めて、駒代の寂しい身上を知つたのも從つて亦今日が始めてゞある。吳山は女房の十吉が今度はもうとても助かるまいと思はれた時であつた。かの家出した忰瀧次郞の事を思出して、母が呼吸ある中、もう口《くち》はきけないものゝせめて一目逢はしてやりたいものと、耻を忍んで見番の男に事情を打明け再び其の在家を尋ねさせたが、すると瀧次郞は公園六區の白首とこの春以來警察がやかましいので商賣が思はしくないところから神戶の方へ行つたなり行衞が知れないとの事、頑固一點張の氣丈な吳山もそれやこれやの事から、流石に老後の身の果敢なさ、世のあじきなさを一時に感じ出した矢先、偶然、駒代の身の上を知つて見ると、これもこの世に唯一人、身寄りも何もないと云ふ處から、吳山は自然《おのづ》と深い同情を寄せずには居られなくなつたのである。
 その日も暮れて、電線を吹鳴す木枯の響俄にすさまじく往來する車の鈴の音いかにも師走らしく耳立つ折から、吳山は二階の藝者半玉それぞれお座敷へ出てしまつた後、駒代一人氣分がわるいとて引込んでゐるのを幸、そつと居間の六疊へ呼寄せた。
「どうした、風邪でも引いたのか。」
「たいした事はないんですけれど、唯鼻の心《しん》が痛くてしやうがありません。」と云ふ聲も鼻にかゝり顏色もすぐれず、悄然《しよんぼり》と坐つて俯向いてゐる姿。吳山は佛壇の下なるケンドンの襖に崩れた潰し島田の後れ毛さへありあり映る影法師、いかにも淋し氣なるを見遣りながら、
「氣は病と云ふ位だから元氣を出さなくつちやいけねえぜ。時に外の事でもねえが、お前、田舎へ行きたいと云つてるさうぢや無いか。おらア別に意見をするんぢやねえが、餘り後先見ずの不量見は出さねえがいゝぜ。乃公《おらア》實はもう何も彼も知つてゐるんだ。濱村屋の太夫の事もすつかり知つてゐるよ。お前が云かはした男を取られて世間へ顏出しが出來ねえから、それで旅へ出て稼がうと云ふ思はくも能くわかつてゐるんだ。そこで物は相談だ。お前の顏が立ちさへすれア何もすき好んで田舎へ行かずともいゝんだらう。」
 駒代はうつ向いたまゝ唯ハイ〳〵と頷付《うなづ》くばかり、吳山はいつか人情物の講釋をやるやうな調子になるとも心付かず、
「實は今始めて證文を見て知つた事だが、お前は親も兄弟も何もねえ女の身一人ぢやねえか。何ぼ意地だからといつて、何處を見ても知つた人のねえ田舎へ行つたつて心細いばかりで好い芽は吹くめえぜ。それよりか此の土地でこゝの處暫くつらいところを辛棒したらどうだい。實はもうお前逹も内々樣子は知つてるだらうが、乃公も十吉に逝かれちまつて男一人ぢやとても此の商賣は出來ねえし又家の忰にやアよし行衞が分つたところで矢張男ぢや仕樣がねえから、誰か相應な望手があらばこのまゝ家の株をそつくり讓つてやりたいと決心した譯さ。元より今さし當つて纏つた金がいると云ふ譯ぢやねえ、乃公一人は何處へ行かうがこの舌一枚で食つて行ける身だから、どうだい、お前一ツ奮發してこの尾花家の姐さんになつて、土地のものにそれ見ろと云ふやうに一ツ立派にやつて見る氣はないか。どうだ。」
 あんまり思掛けない吳山の言葉に駒代は兎角の返事の出來やうもない。吳山は氣短な老人の癖。駒代が別にいやとも云はぬ樣子を見るともう何も彼も獨りできめてしまつて、
「藝者家に年寄のゐるのは色消しでいけねえから、乃公はどこか近所へ引移すとしやう。なア、駒代。その代、この家《うち》は借家ぢやねえ、これでも十年前に乃公が建て直したんだ。地面が十坪で地代が五圓だから、乃公アお前から店の看板ぐるみ家賃をいくらでも都合のいゝだけ貰ふ事にしやうや。それで、花助初め今の抱や箱屋にも改めて話をした上で、萬一面白く行かなさうだつたら、他《わき》へ住替へさしてもいゝ。そして新規蒔直しに新しい妓《こ》を抱えて、お前のいゝやうに商賣をするがよからう。さうなれば乃公もどんなに氣樂だか知れやしねえ。その中お前もみつしり商賣に身が入つて金庫の一ツも出來るやうだつたら、その時乃公に尾花家の看板代なり何なり好きなものを拂ひなさい。なア、駒代、一先づ相談はさう云ふ事にきめて置かうぢやねえか。」
「旦那、それぢや何ぼ何でも、あんまりお話がよすぎて、私一存では到底御返事が出來ません。」
「だから、何も彼も乃公がちやんと筋を立てゝやるんだわな。兎に角話さへきまれば乃公も安心して肩が拔ける。濟まねえが、お前、後で鳥渡按摩さんに電話をかけといてくれ。乃公《おら》ア今の中一風呂浴びて來らア。」
 吳山は呆れた顏の駒代を打捨《うつちや》つて古手拭片手にぷいと湯へ行つてしまつた。
 駒代は電話をかけてから、火鉢に炭でもついで置いて上げやうものと靜に佛壇の前に坐つたが、すると突然嬉しいのやら悲しいのやら一|時《じ》に胸が一ぱいになつて來て暫し兩袖に顏を掩ひかくした。

腕くらべ終


大正七年二月十一日印刷
               定價金壹圓貳拾錢
大正七年二月十四日發行
  | |    著作者  荷風小史
  | |      東京市牛込區余丁町七十五番地
 十|腕|著   發行者  永井壯吉
 里|く|作      東京市牛込區余丁町七十五番地
 香|ら|權      永井方
 館|べ|之   發行所  十里香館
 藏| |章       東京市芝區愛宕町三丁目二番地
 版| |    印刷者  植田庄助
  | |       東京市芝區愛宕町三丁目二番地
         印刷所  東洋印刷株式會社
 發賣所 東京市京橋區出雲町一番地 新橋堂 振替貯金二○○番
     電話 新橋 一九九一番


Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)

誤植と思われる箇所は日本現代文學全集13 永井荷風集(講談社 昭和44年)を参照した上で訂正した。

原文 なかつのである。(p.4)
訂正 なかつたのである。
原文 寄付かないもの(p. 6)
訂正 寄付かないのも
原文 直打《ねうち》(p.9)
訂正 値打《ねうち》
原文 御詮義(p.12)
訂正 御詮議
原文 這入つくる(p.13)
訂正 這入つてくる
原文 必要はない(p.21)
訂正 必要はない。
原文 なつたのよ(p.23)
訂正 なつたのよ。
原文 つけなければと。(p. 28)
訂正 つけなければと、
原文 見える(p.44)
訂正 見える。
原文 出來てしまつ後(p.47)
訂正 出來てしまつた後
原文 ありやしない。。(p.49)
訂正 ありやしない……。
原文 一、時は(p.49)
訂正 一時は
原文 のみらず(p.50)
訂正 のみならず
原文 面白しさ(p.53)
訂正 面白さ
原文 なし終《をは》ふせて(p.53)
訂正 なし終《を》ふせて
原文 お云ひだらうわたしア(p.73)
訂正 お云ひだろう。わたしア
原文 居らつしやるなんだよ(p.79)
訂正 居らつしやるんだよ
原文 打捨《うちツや》つといて(p.87)
訂正 打捨《うツちや》つといて
原文 金が、出來ると(p.93)
訂正 金が出來ると
原文 これたけ(p.101)
訂正 これだけ
原文 ニヤ〳〵してゐるばかり來れば(p.117)
訂正 ニヤ〳〵してゐるばかり。來れば
原文 鶺鴿(p.123)
訂正 鶺鴒
原文 倒れかゝた(pp.128-9)
訂正 倒れかゝつた
原文 片つけ(p.132)
訂正 片づけ
原文 あなたなんぞか(p.134)
訂正 あなたなんぞが
原文 南巢を家(p.144)
訂正 南巢の家
原文 書かず。(p.149)
訂正 書かず、
原文 身だしみ(p.161)
訂正 身だしなみ
原文 柔らな(p.161)
訂正 柔らかな
原文 半年ばかりの事瀧次郞は(p.163)
訂正 半年ばかりの事、瀧次郞は
原文 極りもしい中(p.182)
訂正 極りもしない中
原文 二十四孝これは(p.186)
訂正 二十四孝。これは
原文 意恨(p.188)
訂正 遺恨
原文 寄りかゝつ來さう(p.203)
訂正 寄りかゝつて來さう
原文 ちよと(p.218)
訂正 ちよつと
原文 丁度。どこも(p.223)
訂正 丁度、どこも
原文 厭な日はない矢張(p.227)
訂正 厭な日はない、矢張
原文 ものがない仕方(p.227)
訂正 ものがない。仕方
原文 取ちつや(p.231)
訂正 取つちや
原文 別賓(p.232)
訂正 別嬪
原文 しやうやそれで(p.237)
訂正 しやうや。それで





*** End of this Doctrine Publishing Corporation Digital Book "腕くらべ" ***

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